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宋名臣言行録 / 後集巻三・文彦博

熈寜二年公為樞使陳升之拜相以公宗臣詔升之位公下公言國朝樞使無位宰相上者獨曹利用嘗在王曽張知白上卒取禍敗臣忝文臣粗知義理不敢紊亂朝著上從之

新字:熈寜二年公為枢使陳升之拝相以公宗臣詔升之位公下公言国朝枢使無位宰相上者独曹利用嘗在王曽張知白上卒取禍敗臣忝文臣粗知義理不敢紊乱朝著上従之

書き下し

熙寧二年、公樞使爲り。陳升之相を拜す。公の宗臣たるを以て、詔して升之の位を公の下とす。公言う、國朝、樞使の宰相の上に位する者無し。獨り曹利用のみ嘗て王曾・張知白の上に在り、卒に禍敗を取る。臣は文臣を忝くし、粗ミ義理を知る。敢えて朝著を紊亂せずと。上之に從う。

現代語訳

熙寧二年、文彦博は枢密使であった。陳升之が宰相を拝命した。文彦博が重臣であることを理由に、詔して陳升之の席次を文彦博の下とした。文彦博は言った。「本朝では、枢密使が宰相の上に位した例はありません。ただ曹利用だけが、かつて王曾・張知白の上に在って、ついに破滅を招きました。臣は文臣の端に連なり、いささか道理を知る者です。あえて朝廷の席次を乱すことはいたしません」。天子はこれに従った。

解説

厚遇を断るのに、謙遜を使っていません。前例を一つ挙げただけです。**本朝では、枢密使が宰相の上に位した例はありません。ただ曹利用だけが、かつて王曾・張知白の上に在って、ついに破滅を招きました。**唯一の例が、破滅の例だった。例外は、なぜ例外なのかを教えてくれます。そして自分の立ち位置も明かしました。**臣は文臣の端に連なり、いささか道理を知る者です。**格別扱いを受けると、それが最初の亀裂になる、と分かっている断り方です。

この章句が説くこと

公の宗臣たるを以て詔して升之の位を公の下とす国朝枢使の宰相の上に位する者無し独り曹利用のみ嘗て王曽張知白の上に在り卒に禍敗を取る敢えて朝著を紊乱せず序列辞退

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