宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
歐陽文忠公答李詡論性書性非學者之所急而聖人之所罕言或因而及焉非為性而言也文忠雖有是說然大約慎所習與所感及率之者以孟荀楊之說皆為不悖此其大畧也臨岐計都官用章謂予曰性學者之所當先聖人之欲言吾知永叔貽後世之誚者其在此書矣
新字:欧陽文忠公答李詡論性書性非学者之所急而聖人之所罕言或因而及焉非為性而言也文忠雖有是説然大約慎所習与所感及率之者以孟荀楊之説皆為不悖此其大略也臨岐計都官用章謂予曰性学者之所当先聖人之欲言吾知永叔貽後世之誚者其在此書矣
書き下し
歐陽文忠公の李詡に答うる論性の書に、性は學者の急とする所に非ず、而して聖人の罕に言う所なり、或いは因りて之に及ぶ、性の爲に言うに非ざるなりと。文忠に是の說有りと雖も、然れども大約は習う所と感ずる所とを慎み、及び之を率いる者は孟・荀・楊の說を以て皆悖らずと爲す。此れ其の大略なり。岐に臨みて計都官用章、予に謂いて曰く、性は學者の當に先んずべき所、聖人の言わんと欲する所なり。吾は永叔の後世に誚りを貽す者、其れ此の書に在るを知ると。
現代語訳
欧陽脩が李詡に答えた「論性」の書に、こうある。「性は学ぶ者が急ぐべきものではない。しかも聖人がめったに口にしなかったものである。ときに話のついでに触れることはあっても、性そのもののために語ったのではない」。欧陽脩にはこの説があったけれども、その大筋は、習うところと感じるところを慎むということであり、それを導くにあたっては、孟子・荀子・楊雄の説がいずれも背かないとした。これがその大略である。分かれ道で見送るとき、都官の計用章が私に言った。「性は学ぶ者がまず取り組むべきもの、聖人が語ろうとされたものです。私は、欧陽脩が後世にそしりを残すとすれば、それはこの書にあると思います」。
解説
この章句が説くこと
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