宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
大抵文學止於潤身政事可以及物吾昔貶夷陵欲求史漢一觀公私無有也無以遣日因取陳年公案反覆觀之見其枉直乖錯不可勝數以無為有以枉為直違法徇情㓕親害義無所不有且以夷陵荒逺褊小尚如此天下固可知也當時仰天誓心曰自爾遇事不敢忽也迨今三十餘年出入中外忝塵三事以此自將今日以人望我必為翰墨致身以我自觀諒是當時一言之報也
新字:大抵文学止於潤身政事可以及物吾昔貶夷陵欲求史漢一観公私無有也無以遣日因取陳年公案反覆観之見其枉直乖錯不可勝数以無為有以枉為直違法徇情㓕親害義無所不有且以夷陵荒遠褊小尚如此天下固可知也当時仰天誓心曰自爾遇事不敢忽也迨今三十余年出入中外忝塵三事以此自将今日以人望我必為翰墨致身以我自観諒是当時一言之報也
書き下し
大抵文學は身を潤すに止まり、政事は以て物に及ぶ可し。吾昔夷陵に貶せられ、史・漢を求めて一観せんと欲するも、公私に有る無し。以て日を遣る無し。因りて陳年の公案を取りて反覆之を観る。其の枉直乖錯の勝げて數う可からざるを見る。無を以て有と爲し、枉を以て直と爲し、法に違い情に徇い、親を滅ぼし義を害す、有らざる所無し。且つ夷陵の荒遠褊小なるを以てすら尚お此くの如し。天下は固より知る可きなり。當時天を仰ぎ心に誓いて曰く、爾より事に遇わば敢えて忽せにせずと。今に迨ぶまで三十餘年、中外に出入し、三事を忝塵す。此を以て自ら將う。今日、人を以て我を望まば、必ず翰墨の身を致すと爲さん。我を以て自ら觀れば、諒に是れ當時一言の報なり。
現代語訳
おおむね文学は自分の身を潤すにとどまるが、政事は他に及ぼすことができる。私は昔、夷陵に貶められたとき、『史記』『漢書』を手に入れて一度読もうとしたが、公にも私にもそれが無かった。日を過ごす手立てがない。そこで長年たまった裁判記録を取り出して、繰り返しこれを読んだ。その曲がりと真っすぐ、食い違いが数え切れないほどあるのを見た。無いものを有るとし、曲がったものを真っすぐとし、法に背いて情に流され、親を滅ぼし義を損なう。ないものはなかった。しかも夷陵のような荒れて遠く狭い土地でさえ、なおこのとおりである。天下のことは推して知るべきである。当時、天を仰いで心に誓って言った。「これより後、事に当たっては、あえて疎かにしない」。いまに至るまで三十余年、中央にも地方にも出入りし、三公の位を汚してきた。これを支えにしてきたのだ。今日、他人が私を見れば、必ず筆と墨によって身を立てた者と思うだろう。私が自分を見れば、まことにあれは当時の一言に対する報いなのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 張丞相列伝張丞相蒼(ちやうじやうしやうさう)は、陽武の人なり。書・律歴を好む。秦の時に御史と為り、柱下の方書を主る。罪有りて、亡げ帰る。沛公の地を略して陽武を過ぐるに及び、蒼は客を以て従ひて南陽を攻む。蒼は法に坐して斬に当たり、衣を解きて質に伏す。身長大にして、肥白なること瓠(ひさご)の如し。時に王陵見て其の美士なるを怪しみ、乃ち沛公に言ひて、赦して斬らざらしむ。遂に従ひて西のかた武関に入り、咸陽に至る。沛公立ちて漢王と為り、漢中に入り、還りて三秦を定む。陳餘、常山王張耳を撃ちて走らす。耳、漢に帰す。漢乃ち張蒼を以て常山の守と為す。淮陰侯に従ひて趙を撃ち、蒼、陳餘を得たり。趙の地已に平らぎ、漢王、蒼を以て代の相と為し、辺寇に備へしむ。已にして徙りて趙の相と為り、趙王耳に相たり。耳卒し、趙王敖に相たり。復た徙りて代王に相たり。燕王臧荼反し、高祖往きて之を撃つ。蒼は代の相を以て従ひて臧荼を攻めて功有り、六年中を以て封ぜられて北平侯と為り、食邑千二百戸。遷りて計相と為り、一月にして、更に列侯を以て主計と為ること四歳。是の時蕭何相国為り。而して張蒼は乃ち秦の時より柱下の史と為り、天下の図書・計籍に明習す。蒼又善く算・律歴を用ふ。故に蒼をして列侯を以て相府に居り、郡国の上計する者を領主せしむ。黥布反して亡び、漢、皇子長を立てて淮南王と為し、而して張蒼之に相たり。十四年、遷りて御史大夫と為る。
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『留魂録』第十一条小林は鷹司家の諸大夫にて、此の度遠島の罪科に処せらる。京師諸人中罪責極めて重し。其の人多材多芸、唯文学に深からず、処事の才ある人と見ゆ。西奥揚屋にて余と同居す、後東口に移る。京師にて吉田の鈴鹿石州・同筑州別けて知己の由。亦山口三輶も小林の為めに大いに周旋したれば、鈴鹿か山口かの手を以て、海外までも吾が同志の士通信をなすべし。京師の事に就きては後来必ず力を得る所あらん。
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『呻吟語』内篇・修身・本然底の分量を滿たす平日書を讀むは、惟だ官を做すのみ是れ展布の時なり。窮居の見聞する所及び生平為さんと欲する所を將て一一之を試嘗す。須らく是れ理むる所の政事は各おの其の宜しきを得、治むる所の人物は各おの其の所を得べし。才かに是れ本然底の分量を滿たすなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・惟だ建業立功のみ是れ難事儒者は惟だ建業立功のみ是れ難事なり。自古の儒者の名を成すは多く是れ講學著述にして、人未だ嘗て盡くは言ふ所を試みず。恐らくは試みて後縱ひ邪氣ならざるも、其の實個の事功を成して狼狽して敗れざる者は定めて多く人ならず。
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