宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
權知貢舉是時進士為文以詭異相髙號太學體文體大壞公患之所取率以詞義近古為貴比以險怪知名者黜去殆盡牓出怨議紛然久之乃服然文章自是變而復古
新字:権知貢舉是時進士為文以詭異相高号太学体文体大壊公患之所取率以詞義近古為貴比以険怪知名者黜去殆尽牓出怨議紛然久之乃服然文章自是変而復古
書き下し
權に貢舉を知す。是の時進士文を爲すに詭異を以て相い髙しとし、太學體と號す。文體大いに壞る。公之を患え、取る所は率ね詞義の古に近きを以て貴しと爲す。險怪を以て名を知らるる者に比しては、黜け去ること殆ど盡く。榜出でて怨議紛然たり。之を久しくして乃ち服す。然れども文章是れより變じて古に復す。
現代語訳
臨時に科挙を主管した。当時、進士は文を作るのに奇をてらうことで互いに高しとし、太学体と呼んでいた。文体は大いに崩れていた。欧陽脩はこれを憂え、採る文はおおむね語と意味が古に近いものを貴しとした。奇怪さで名を知られていた者に至っては、落とし去ることがほぼ徹底していた。合格発表が出ると、怨みの声が紛々として起こった。長くたって、ようやく納得した。しかし文章はこれ以来、変わって古に復した。
解説
基準を変える、というのは、こういう形で起こります。文章論を書いたのではありません。採点で落としました。奇怪さで名を知られていた者に至っては、落とし去ることがほぼ徹底していた。それまでの基準で最も高く評価されていた者ほど、まとめて落ちる。反発は当然でした。合格発表が出ると、怨みの声が紛々として起こった。そして時間がかかっています。長くたって、ようやく納得した。説得ではなく、結果が先で、納得が後から追いつきました。
この章句が説くこと
進士文を為すに詭異を以て相い高しとし太学体と号す取る所は率ね詞義の古に近きを以て貴しと為す榜出でて怨議紛然たり之を久しくして乃ち服す然れども文章是れより変じて古に復す基準改革
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