宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
公於古文得之自然非學所至超然獨騖衆莫能及譬夫天地之妙造化萬物動者植者無細與大不見㾗迹自極其工
新字:公於古文得之自然非学所至超然独騖衆莫能及譬夫天地之妙造化万物動者植者無細与大不見㾗迹自極其工
書き下し
公の古文に於けるは、之を自然に得て、學の至る所に非ず。超然として獨り騖せ、衆能く及ぶ莫し。譬えば夫の天地の妙、造化の萬物、動く者植わる者、細と大と無く、痕迹を見ずして自ら其の工を極むるがごとし。
現代語訳
欧陽脩の古文は、それを自然のうちに得たもので、学んで到達したものではない。抜きん出てただ一人走り、人々は及ぶことができない。たとえて言えば、天地の妙、造化の生む万物、動くものも植わるものも、小さいものから大きいものまで、手の跡が見えないまま、おのずとその巧みさを極めているようなものである。
解説
文章の巧みさを、跡の有無で説明した四十六字です。**手の跡が見えないまま、おのずとその巧みさを極めている。**細工の精巧さを褒めているのではありません。作った痕がないことを褒めています。工夫が見えるうちは、まだ工夫が勝っている。次の条で、真似ようとした人たちがどうなったかが書かれます。跡が見えないものは、真似ようがない。
この章句が説くこと
公の古文に於けるは之を自然に得て学の至る所に非ず超然として独り騖せ衆能く及ぶ莫し譬えば夫の天地の妙造化の万物痕迹を見ずして自ら其の工を極むるがごとし文章自然
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