宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
公平生少有所好獨好收畜古文圖書集三代以來金石刻為一千巻以校正史傳百家訛謬之說為多在滁時自號醉翁晚年自號六一居士曰吾集古錄一千巻藏書一萬巻琴一張棊一局常置酒一壺吾老其間是為六一
新字:公平生少有所好独好収畜古文図書集三代以来金石刻為一千巻以校正史伝百家訛謬之説為多在滁時自号酔翁晩年自号六一居士曰吾集古録一千巻蔵書一万巻琴一張棊一局常置酒一壺吾老其間是為六一
書き下し
公平生好む所有ること少なし。獨り古文圖書を收畜するを好む。三代以來の金石刻を集めて一千卷と爲す。以て史傳百家の訛謬の說を校正すること多しと爲す。滁に在る時、自ら醉翁と號す。晩年自ら六一居士と號して曰く、吾が集古錄一千卷、藏書一萬卷、琴一張、棋一局、常に置く酒一壺、吾其の間に老ゆ。是を六一と爲すと。
現代語訳
欧陽脩は生涯、好むところが少なかった。ただ古い文と図書を集めて蓄えることだけを好んだ。三代以来の金石の刻文を集めて一千巻とした。それによって史書や諸家の伝える誤った説を正したものが多かった。滁州にいたときは、自ら酔翁と号した。晩年には自ら六一居士と号して言った。「わが『集古録』一千巻、蔵書一万巻、琴が一張、碁盤が一局、いつも置いてある酒が一壺、そして私自身がその間に老いていく。これを六一とする」。
解説
集めたものを数え上げて、自分の号にした話です。最初の五つは物です。**『集古録』一千巻、蔵書一万巻、琴が一張、碁盤が一局、いつも置いてある酒が一壺。**六つ目に自分が入ります。**そして私自身がその間に老いていく。**所有者としてではなく、六つ目の品として並んでいる。集めた金石文の使い道も、趣味で終わっていません。**それによって史書や諸家の伝える誤った説を正したものが多かった。**現物から文献を検証する、いまの考証の始まりです。
この章句が説くこと
独り古文図書を収畜するを好む三代以来の金石刻を集めて一千巻と為す以て史伝百家の訛謬の説を校正すること多しと為す蔵書一万巻琴一張棋一局常に置く酒一壺吾其の間に老ゆ是を六一と為す収集考証
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