宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
公在翰林日建言䜟緯之書淺俗誣怪悖經妨道凡諸書及傳疏所引請一切削去之以無誤後學仁宗命國子學官取諸經正義所引讖緯之說逐旋冩錄奏上時執政者不甚主之竟不行
新字:公在翰林日建言䜟緯之書浅俗誣怪悖経妨道凡諸書及伝疏所引請一切削去之以無誤後学仁宗命国子学官取諸経正義所引讖緯之説逐旋冩録奏上時執政者不甚主之竟不行
書き下し
公翰林に在るの日、建言す。讖緯の書は淺俗誣怪、經に悖り道を妨ぐ。凡そ諸書及び傳疏の引く所は、一切之を削り去り、以て後學を誤る無からんことを請うと。仁宗、國子學官に命じて諸經正義の引く所の讖緯の說を取り、逐旋に寫錄して奏上せしむ。時の執政者、甚だしくは之を主とせず。竟に行われず。
現代語訳
欧陽脩が翰林にいた日、建言した。「讖緯の書は浅はかで俗っぽく、いつわりが多く怪しげで、経典に背き道を妨げます。およそ諸書および注釈が引いているものは、いっさい削り去って、後の学ぶ者を誤らせないようにしていただきたい」。仁宗は国子学の官に命じて、諸経の正義が引いている讖緯の説を抜き出し、順次書き写して奏上させた。当時の執政者はさほどこれを重んじなかった。ついに実施されなかった。
解説
経典そのものではなく、注釈に紛れ込んだ予言書の類を抜こう、という提案です。**諸書および注釈が引いているものは、いっさい削り去って、後の学ぶ者を誤らせないようにしていただきたい。**古い書物を読むとき、人は本文と注釈を区別せずに覚えます。混ざったまま伝われば、そこも一緒に権威になる。天子は書き出させるところまでやりました。それでも進みませんでした。**当時の執政者はさほどこれを重んじなかった。ついに実施されなかった。**
この章句が説くこと
讖緯の書は浅俗誣怪経に悖り道を妨ぐ凡そ諸書及び伝疏の引く所は一切之を削り去る以て後学を誤る無からんことを請う時の執政者甚だしくは之を主とせず竟に行われず学問迷信
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