宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
初保州亂兵皆招以不死既而悉誅之脅從二千人亦分□諸州富公為宣撫使恐後生變與公相遇於内黄夜半屏人謀欲使諸州同日誅之公曰禍莫大於殺已降况脅從乎既非朝命州郡有一不從為變不細富公悟乃止
新字:初保州乱兵皆招以不死既而悉誅之脅従二千人亦分□諸州富公為宣撫使恐後生変与公相遇於内黄夜半屏人謀欲使諸州同日誅之公曰禍莫大於殺已降況脅従乎既非朝命州郡有一不従為変不細富公悟乃止
書き下し
初め保州の亂兵は皆招くに死せざるを以てす。既にして悉く之を誅す。脅從の二千人も亦た諸州に分□す。富公宣撫使爲り。後に變を生ずるを恐れ、公と内黄に相い遇う。夜半人を屏けて謀り、諸州をして同日に之を誅せしめんと欲す。公曰く、禍は已に降るを殺すより大なるは莫し。况んや脅從をや。既に朝命に非ず。州郡に一の從わざる有らば、變を爲すこと細ならずと。富公悟りて乃ち止む。
現代語訳
はじめ保州の乱れた兵たちは、みな「命は取らない」と告げて招き降らせたものであった。ところが後にことごとくこれを誅した。脅されて従った二千人もまた、諸州に分けて〔一字を欠く〕た。富弼が宣撫使であった。後になって変事が起こることを恐れ、欧陽脩と内黄で出会った。夜半に人払いをして謀り、諸州に同じ日にこれを誅させようとした。欧陽脩は言った。「禍は、すでに降った者を殺すより大きなものはありません。まして脅されて従った者ならなおさらです。そもそも朝廷の命令ではない。州や郡に一つでも従わないところがあれば、起こる変事は小さくありません」。富弼は悟って、そこで止めた。
解説
二千人を予防のために殺す、という相談です。止め方が二段でした。まず原理です。**禍は、すでに降った者を殺すより大きなものはありません。まして脅されて従った者ならなおさらです。**次が実務でした。**そもそも朝廷の命令ではない。州や郡に一つでも従わないところがあれば、起こる変事は小さくありません。**命令の根拠がない以上、必ずどこかが従わない。従わなかった州が出た瞬間に、この計画自体が反乱の種になる。理と実務の両方から塞いでいます。
この章句が説くこと
初め保州の乱兵は皆招くに死せざるを以てす既にして悉く之を誅す諸州をして同日に之を誅せしめんと欲す禍は已に降るを殺すより大なるは莫し況んや脅従をや既に朝命に非ず州郡に一の従わざる有らば変を為すこと細ならず投降殺戮
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻二・歐陽修富公の亂兵を誅するを議するや、公時に河北に使いし、復た命を被りて權に鎮州を知す。既に力めて其の議を沮む。且つ曰く、脩鎮州に至らば必ず命に從わじと。富公已むを得ず遂に止む。是の時、小人の讒言已に入る。而して富公河北の兵を大閱し、升黜する所多し。譖する者因りて曰く、富弼は命を擅にし權を專らにし、自ら威福を作す。已に河北の軍情を收却せりと。是に於いて京師の禁軍も亟かに亦た大閱し、擢を升す所多し。而して富公歸りて國門に至るも入るを得ず、遂に罷めて鄆州を知す。向に若し遂に二千人を擅殺せば、命禍は何ぞ測る可けんや。然らば則ち公の一言は、特だ二千人の命を活かすのみならず、亦た富公を大禍より免れしむるなり。
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『宋名臣言行録』後集巻二・歐陽修保州兵亂す。公を以て河北轉運使と爲す。陛辭す。上面ミ諭す、久しく留まるの計を爲す無かれ。言わんと欲する所有らば之を言えと。公曰く、諫官は風聞を得て事を言う。外官の職を越えて言うは罪なりと。上曰く、第だ以て聞せよ。中外を以て意と爲す勿かれと。河北の諸軍は亂に怙りて驕恣し、小しく意の如くならざれば輒ち州郡を脅持す。公奏して將帥を優假して以て士心を鎮壓せんことを乞う。軍中乃ち定まる。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公、在京の刑獄を糾察す。時に偽牒を用いて僧と爲る者有り。事覺れ、乃ち堂吏の之を爲すなり。開封、餘人を按じて吏に及ばず。公、執政に白し、吏を以て獄に付せんことを請う。執政其の坐を指して曰く、公は即ち此に居らん。名に近づくを爲す無かれと。公色を正して曰く、必ず吏を得て乃ち止まんと。執政滋ミ悅ばず。故に公を薦めて契丹に使いせしめ、事に因りて之を罪せんと欲す。歐陽修上書して、顔魯公の李希烈に使いする事を引き、公を留めんとするも報ぜられず。
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『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹慶厯中、刼盗張海、數路に横行す。將に髙郵を過ぎんとす。知軍晁仲約、禦ぐ能わざるを度り、軍中の富民に喻して金帛を出だし牛酒を具えて迎え勞い、且つ厚く之に遺らしむ。海悦びて徑ちに去り、暴を為さず。事聞す。朝廷大いに怒る。時に公、政府に在り。富公、樞府に在り。富公、議して仲約を誅して以て法を正さんと欲す。公、之を宥さんと欲す。上前に爭う。仲約、是に由りて死を免る。既にして富公愠りて曰く、方今、法の舉がらざるを患う。方に法を舉げんと欲するに、多方之を沮む。何を以て衆を整えんやと。公、宻かに之に告げて曰く、祖宗以来、未だ嘗て輕く臣下を殺さず。此れ盛徳の事なり。奈何ぞ輕く之を壊らんと欲するや。且つ吾と公と此に在り。同寮の間、同心なる者幾か有る。上意と雖も亦た未だ定まる所を知らざるなり。而るに輕く人主を導くに臣下を誅戮するを以てせば、他日、手滑らかにして、吾輩と雖も亦た未だ敢えて自ら保たざらんと。富公、終に以て然りと為さず。二公の迹の安からざるに及び、公は出でて陜西を按じ、富公は出でて河北を按ず。公、因りて自ら邉を守らんことを乞う。富公、河北より還る。國門に及びて入るを得ず。未だ朝廷の意を測らず。夜に比び、傍偟して床を遶り、嘆じて曰く、范六丈は聖人なりと。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼寶元の初元、昊反く。公時に鄆州の通判たり。八事を陳ぶ。且つ言う、元昊使いを遣わして地を割かんことを求め、金幣を邀む。使者の部從・儀物は契丹の如くにして、詞甚だ倨る。此れ必ず元昊の腹心の謀臣、自ら行くを請う者なり。宜しく其の不意を出でて、之を都門に斬るべしと。又た言う、夏守彬は庸人なり。平時すら猶お當に用うべからず。而るに况んや艱難の際に、樞密と爲す可けんやと。議する者以爲えらく、宰相の器有りと。
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