宋名臣言行録 / 前集巻七・范仲淹
慶厯中刼盗張海横行數路將過髙郵知軍晁仲約度不能禦喻軍中富民出金帛具牛酒迎勞且厚遺之海悦徑去不為暴事聞朝廷大怒時公在政府富公在樞府富公議欲誅仲約以正法公欲宥之爭於上前仲約由是免死既而富公愠曰方今患法不舉方欲舉法而多方沮之何以整衆公宻告之曰祖宗以來未嘗輕殺臣下此盛徳事奈何欲輕壊之且吾與公在此同寮之間同心者有幾雖上意亦未知所定也而輕導人主以誅戮臣下他日手滑雖吾輩亦未敢自保也富公終不以為然及二公迹不安公出按陜西富公出按河北公因自乞守邉富公自河北還及國門不得入未測朝廷意比夜傍偟遶床嘆曰范六丈聖人也
新字:慶厯中刼盗張海横行数路将過高郵知軍晁仲約度不能禦喻軍中富民出金帛具牛酒迎労且厚遺之海悦径去不為暴事聞朝廷大怒時公在政府富公在枢府富公議欲誅仲約以正法公欲宥之争於上前仲約由是免死既而富公愠曰方今患法不舉方欲舉法而多方沮之何以整衆公宻告之曰祖宗以来未嘗軽殺臣下此盛徳事奈何欲軽壊之且吾与公在此同寮之間同心者有幾雖上意亦未知所定也而軽導人主以誅戮臣下他日手滑雖吾輩亦未敢自保也富公終不以為然及二公迹不安公出按陜西富公出按河北公因自乞守邉富公自河北還及国門不得入未測朝廷意比夜傍偟遶床嘆曰范六丈聖人也
書き下し
慶厯中、刼盗張海、數路に横行す。將に髙郵を過ぎんとす。知軍晁仲約、禦ぐ能わざるを度り、軍中の富民に喻して金帛を出だし牛酒を具えて迎え勞い、且つ厚く之に遺らしむ。海悦びて徑ちに去り、暴を為さず。事聞す。朝廷大いに怒る。時に公、政府に在り。富公、樞府に在り。富公、議して仲約を誅して以て法を正さんと欲す。公、之を宥さんと欲す。上前に爭う。仲約、是に由りて死を免る。既にして富公愠りて曰く、方今、法の舉がらざるを患う。方に法を舉げんと欲するに、多方之を沮む。何を以て衆を整えんやと。公、宻かに之に告げて曰く、祖宗以来、未だ嘗て輕く臣下を殺さず。此れ盛徳の事なり。奈何ぞ輕く之を壊らんと欲するや。且つ吾と公と此に在り。同寮の間、同心なる者幾か有る。上意と雖も亦た未だ定まる所を知らざるなり。而るに輕く人主を導くに臣下を誅戮するを以てせば、他日、手滑らかにして、吾輩と雖も亦た未だ敢えて自ら保たざらんと。富公、終に以て然りと為さず。二公の迹の安からざるに及び、公は出でて陜西を按じ、富公は出でて河北を按ず。公、因りて自ら邉を守らんことを乞う。富公、河北より還る。國門に及びて入るを得ず。未だ朝廷の意を測らず。夜に比び、傍偟して床を遶り、嘆じて曰く、范六丈は聖人なりと。
現代語訳
慶暦年間、強盗の張海が数路を横行した。高郵を通ろうとした。知軍の晁仲約は防げないと見て取り、軍中の富民に言い含めて金や絹を出させ、牛と酒を用意して出迎えねぎらい、そのうえ手厚く贈らせた。張海は喜んでそのまま去り、乱暴をしなかった。事が奏上された。朝廷はひどく怒った。当時、公は政府にいた。富弼は枢密院にいた。富弼は議して晁仲約を誅して法を正そうとした。公は許そうとした。御前で争った。晁仲約はこれによって死を免れた。ほどなく富弼は怒って言った。「いまは法が行われないことが憂いだ。まさに法を行おうとするのに、いろいろに妨げる。それでどうやって人々を整えるのか」。公はひそかに告げて言った。「祖宗以来、軽々しく臣下を殺したことがない。これは盛んな徳の事である。どうして軽々しくそれを壊そうとするのか。そのうえ私とあなたはここにいる。同僚の間で、心を同じくする者が幾人いるか。主上の御意も、まだどこに定まるか分からない。それなのに軽々しく君主を導いて臣下を誅殺させれば、いつか手が滑らかになって、私たちでさえ身を保てなくなるだろう」。富弼はけっきょくそうは思わなかった。二人の立場が危うくなって、公は出て陝西を巡察し、富弼は出て河北を巡察した。公はそこで自分から辺境を守ることを願い出た。富弼は河北から帰ってきた。都の門まで来て、入ることができなかった。朝廷の意向がまだ測れなかった。夜になって、行ったり来たり寝台の周りをうろついて、嘆じて言った。「范六丈は聖人だ」。
解説
この章句が説くこと
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『宋名臣言行録』前集巻九・孫甫慶歴中、上、杜衍・范仲淹・富弼・韓琦を用いて政事に任ず。而して歐陽修・蔡襄及び甫等を以て諫官と爲す。庶事を更張して太平の功を致さんと欲す。仲淹も亦た皆な力を戮して自ら效し、人主の知に報いんと欲す。然れども同を好み異を惡み、曠然として適莫無き能わず。甫、嘗て家居す。石介、之を過ぐ。介に問う、適ま何許より來るやと。介言う、方に富公を過ぐと。富公、何を爲すかと問う。介曰く、富公言う、滕宗諒、慶州を守り、公使錢を用いて法に坐す。杜公は則ち宗諒を重法に致さんと欲す。然らずんば則ち衍、此に在る能わず。范公は則ち其の罪を薄くせんと欲して曰く、然らずんば則ち仲淹、去らんことを請うと。富公、宗諒を重法に抵てんと欲すれば則ち范公に違うを懼る。其の罪を薄くせんと欲すれば則ち杜公に違うを懼る。是を患いて決する所を知らずと。甫曰く、守道、以爲えらく何如と。介曰く、介も亦た竊かに之を患うと。甫嘆じて曰く、法は人主の操柄なり。今、富公、宗諒を重罪すれば則ち范公に違い、其の罪を薄くすれば則ち杜公に違うを患う。是れ法有るを知らずして、未だ嘗て人主に意在らざるなり。守道、平生、議論を好み、自ら正直と謂う。亦た安んぞ此の言を得んやと。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公、在京の刑獄を糾察す。時に偽牒を用いて僧と爲る者有り。事覺れ、乃ち堂吏の之を爲すなり。開封、餘人を按じて吏に及ばず。公、執政に白し、吏を以て獄に付せんことを請う。執政其の坐を指して曰く、公は即ち此に居らん。名に近づくを爲す無かれと。公色を正して曰く、必ず吏を得て乃ち止まんと。執政滋ミ悅ばず。故に公を薦めて契丹に使いせしめ、事に因りて之を罪せんと欲す。歐陽修上書して、顔魯公の李希烈に使いする事を引き、公を留めんとするも報ぜられず。
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『宋名臣言行録』後集巻二・歐陽修初め保州の亂兵は皆招くに死せざるを以てす。既にして悉く之を誅す。脅從の二千人も亦た諸州に分□す。富公宣撫使爲り。後に變を生ずるを恐れ、公と内黄に相い遇う。夜半人を屏けて謀り、諸州をして同日に之を誅せしめんと欲す。公曰く、禍は已に降るを殺すより大なるは莫し。况んや脅從をや。既に朝命に非ず。州郡に一の從わざる有らば、變を爲すこと細ならずと。富公悟りて乃ち止む。
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『宋名臣言行録』前集巻六・吕夷簡公、韓・富・范の三公を惡み、之を廢せんと欲して能わず。軍興るに韓・范を以て西帥と為し、富を遣わして北に使いせしむ。名は仇を用うるも、實は之を間つなり。又た克たず。軍罷みて老を請う。盡く三公及び宋莒公・夏英公を二府に用う。皆な其の仇なり。又た其の黨賈文元・陳恭公を以て焉を間つ。猶お因りて以て之を傾けんと欲す。范・富を譽めて皆な王佐にして太平を致す可しとす。是に於て天子、再び手詔を賜い、又た天章閣を開きて之に坐するを命ず。紙筆を出だし、時政の當に因革すべき所を疏せしむ。諸公、皆な范・富を推す。退きて草を具えんことを請う。二宦者をして更々往きて之を督せしむ。且つ命じて西北の邉事を領せしむ。既にして各々十數事を條上す。而して監司を易え羣吏を按じ、磨勘を罷め任子を減ず。衆、利あらずして謗り興る。又た范公をして日々に二事を獻ぜしめて以て之を困しむ。京師に城くを請うに及び、人始めて之を笑う。初め、公、去るを求むる毎に、□を以て主意常に未だ厭かずして去る。故に能く三たび入る。老に及びて事に入るも、猶お西北の相い攻むるを問う。大臣をして出でて三邉を行かしめんことを請う。是に於て范公は河東・陜西に使いし、富公は河北に使いす。
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『宋名臣言行録』前集巻六・吕夷簡文正の延州を知るに及び、書を移して元昊に利害を諭す。元昊の復書、語極めて悖慢なり。文正、具さに其の狀を奏し、其の書を焚きて以て聞せず。時に宋庠、參政為り。是より先、公執政するに、諸公唯諾して紙尾に書するのみ。敢えて預る所有らず。宋公、多く之と論辨す。公悦ばず。一日、二人獨り中書に在り。公從容として言いて曰く、人臣に外交無し。希文、乃ち擅に元昊に書を與う。其の書を得て又た焚きて奏せず。他人、敢えて爾らんやと。宋公、以為えらく、公は誠に深く范を罪するなりと。時に朝廷、文正に分析を命ず。文正奏す、臣、始め虜に悔過の意有るを聞く。故に書を以て之を誘諭す。㑹々任福敗れ、虜の勢い益々振るう。故に復書悖慢なり。臣以為えらく、朝廷をして之を見せしめて討つ能わずんば、則ち辱は朝廷に在り。乃ち官屬に對して之を焚き、朝廷、初め知らざる者の若くならしむ。則ち辱、専ら臣に在らんと。故に敢えて以て聞せざるなりと。奏上る。兩府共に進呈す。宋公遽かに曰く、仲淹は斬る可しと。杜祁公、時に樞宻副使為り。曰く、仲淹の志は忠に出づ。果たして朝廷の為に叛虜を招かんと欲するのみ。何ぞ深く罪す可けんやと。之を爭うこと甚だ力む。宋公、公に必ず言有りて己を助けんと謂う。而して公黙然として終に一語無し。上、顧みて公に何如と問う。公曰く、杜衍の言は是なり。止だ薄く責む可きのみと。乃ち一官を降して耀州を知らしむ。是に於て論ずる者諠然たり。而して宋公、公の賣る所と為るを知らざるなり。尋いで出でて揚州を知る。
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『宋名臣言行録』後集巻二・歐陽修富公の亂兵を誅するを議するや、公時に河北に使いし、復た命を被りて權に鎮州を知す。既に力めて其の議を沮む。且つ曰く、脩鎮州に至らば必ず命に從わじと。富公已むを得ず遂に止む。是の時、小人の讒言已に入る。而して富公河北の兵を大閱し、升黜する所多し。譖する者因りて曰く、富弼は命を擅にし權を專らにし、自ら威福を作す。已に河北の軍情を收却せりと。是に於いて京師の禁軍も亟かに亦た大閱し、擢を升す所多し。而して富公歸りて國門に至るも入るを得ず、遂に罷めて鄆州を知す。向に若し遂に二千人を擅殺せば、命禍は何ぞ測る可けんや。然らば則ち公の一言は、特だ二千人の命を活かすのみならず、亦た富公を大禍より免れしむるなり。