宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
澧州進柿木成文有太平字公言今四海騷然未見太平之象請不宣示於外淮南漕臣獻羡餘十萬貫公請拒之以防刻剝
新字:澧州進柿木成文有太平字公言今四海騷然未見太平之象請不宣示於外淮南漕臣献羡余十万貫公請拒之以防刻剝
書き下し
澧州、柿木の文を成して太平の字有るを進む。公言う、今四海騷然として、未だ太平の象を見ず。外に宣示せざらんことを請うと。淮南の漕臣、羨餘十萬貫を獻ず。公之を拒みて以て刻剝を防がんことを請う。
現代語訳
澧州が、柿の木に模様ができて「太平」の字になっているものを献上した。欧陽脩は言った。「いま四海は騒然として、まだ太平の兆しは見えません。外に触れ回らないようお願いします」。淮南の漕運の役人が、余った金十万貫を献上した。欧陽脩はこれを拒み、それによって民からの搾り取りを防ぐよう願った。
解説
断りにくい献上が二つ並んでいます。ひとつは瑞祥でした。天がめでたい印を降した、という話は、受ければ皆が喜びます。**いま四海は騒然として、まだ太平の兆しは見えません。**現実と印が食い違っているとき、印のほうを退けた。もうひとつは余剰金です。予算が余りましたという報告は、有能さの証明に見えます。**これを拒み、それによって民からの搾り取りを防ぐよう願った。**余りが出るのは、取りすぎているからだ、と読んでいます。
この章句が説くこと
澧州柿木の文を成して太平の字有るを進む今四海騷然として未だ太平の象を見ず外に宣示せざらんことを請う淮南の漕臣羨余十万貫を献ず公之を拒みて以て刻剝を防がんことを請う瑞祥余剰
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