宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
五代八姓十有二君四十四年如絲之棼以人為嬉以殺為儇兵交兩河腥聞於天上帝厭之命我祖宗畀爾鑪錘往銷其鋒孰謂民逺我聞其呻寧爾小忍無殘我民六聖受命維一其心敕其後人帝命是承勿劓刵人矧敢好兵百三十年諱兵與刑惟彼犬戎謂帝我驕帝聞其言折其萌芽篤生莱公尺箠笞之既復既馴則擾綏之堂堂韓公與莱相望再聘於燕邉方以寧景德元年始盟契丹公生是嵗天命則然
新字:五代八姓十有二君四十四年如糸之棼以人為嬉以殺為儇兵交両河腥聞於天上帝厭之命我祖宗畀爾鑪錘往銷其鋒孰謂民遠我聞其呻寧爾小忍無残我民六聖受命維一其心勅其後人帝命是承勿劓刵人矧敢好兵百三十年諱兵与刑惟彼犬戎謂帝我驕帝聞其言折其萌芽篤生莱公尺箠笞之既復既馴則擾綏之堂堂韓公与莱相望再聘於燕邉方以寧景徳元年始盟契丹公生是歳天命則然
書き下し
五代八姓、十有二君、四十四年、絲の棼るるが如し。人を以て嬉と爲し、殺を以て儇と爲す。兵は兩河に交わり、腥は天に聞こゆ。上帝之を厭い、我が祖宗に命ず。爾に鑪錘を畀う、往きて其の鋒を銷せ。孰か謂う民は遠しと、我其の呻を聞く。寧ろ爾少しく忍べ、我が民を殘なう無かれ。六聖命を受け、維れ其の心を一にす。其の後人に敕す、帝命是れ承け、人を劓刵する勿かれ。矧んや敢えて兵を好まんや。百三十年、兵と刑とを諱む。惟れ彼の犬戎、帝我驕ると謂う。帝其の言を聞き、其の萌芽を折る。篤く萊公を生み、尺箠もて之を笞つ。既に復し既に馴らし、則ち之を擾綏す。堂堂たる韓公、萊と相い望む。再び燕に聘して、邊方以て寧し。景德元年、始めて契丹と盟う。公は是の歳に生まる。天命なれば則ち然り。
現代語訳
五代は八つの姓、十二人の君、四十四年、糸がもつれるようであった。人を弄び物とし、殺すことを気の利いた振る舞いとした。戦は黄河の両岸に交わり、血なまぐささは天まで届いた。上帝はこれを厭い、我が祖宗に命じられた。「お前に炉と槌を授ける。行ってその刃を溶かせ。誰が民は遠いと言うのか。私にはそのうめきが聞こえる。むしろお前は少し堪えよ。我が民を損なうな」。六代の聖なる君が命を受け、その心を一つにした。その後の代に命じた。帝の命をこれ承け、人の鼻や耳を削ぐな、まして戦を好んではならぬ、と。百三十年、戦と刑罰を忌み避けた。ただかの契丹だけが、帝は我らを驕っていると言った。帝はその言葉を聞き、その芽を折った。手厚く寇準を生み、短い鞭でこれを打った。取り返し、飼い馴らし、そして安んじた。堂々たる韓琦が、寇準と相並んだ。ふたたび燕に使いして、辺境はそれで安らかになった。景徳元年、はじめて契丹と盟約した。富弼は、その年に生まれた。天命であればこそ、そうなのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・堯曰篇堯曰く、「咨、爾舜、天の暦数爾の躬に在り。允に其の中を執れ。四海困窮せば、天禄永く終わらん。」舜も亦た以て禹に命ず。曰く、「予小子履、敢えて玄牡を用い、敢えて昭らかに皇皇たる后帝に告ぐ。罪有るは敢えて赦さず。帝の臣は蔽わず、簡ぶこと帝の心に在り。朕が躬罪有らば、万方を以てすること無かれ。万方罪有らば、罪は朕が躬に在り。」「周に大賚有り、善人是れ富む。」「周親有りと雖も、仁人に如かず。百姓過ち有らば、予一人に在り。」権量を謹み、法度を審らかにし、廃官を脩むれば、四方の政行われん。滅国を興し、絶世を継ぎ、逸民を挙ぐれば、天下の民心を帰せん。重んずる所は、民・食・喪・祭。寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち民任じ、敏なれば則ち功有り、公なれば則ち説ぶ。
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孔子家語・五儀解哀公孔子に問いて曰く、「夫れ国家の存亡禍福は、信に天命有りて、唯だ人のみに非ざるか。」孔子対えて曰く、「存亡禍福は、皆己のみ。天災地妖は、加うる能わざるなり。」公曰く、「善いかな。吾子の言、豈に其の事有るか。」孔子曰く、「昔者殷王帝辛の世、雀の大鳥を城隅に生む有り。之を占いて曰く、『凡そ小を以て大を生ずれば、則ち国家必ず王として名必ず昌んならん』と。是に於て帝辛雀の徳を介として、国政を修めず、亢暴極まり無く、朝臣救うこと莫く、外寇乃ち至りて、殷国以て亡ぶ。此れ即ち己を以て天時に逆らい、福を詭りて反りて禍と為す者なり。又其の先世殷王太戊の時、道缺け法圮れ、以て夭櫱・桑穀朝に致し、七日にして大いに拱す。之を占う者曰く、『桑穀は野木にして朝に合生せず、意者国亡びんか』と。太戊恐駭し、身を側めて行を修め、先王の政を思い、養民の道を明らかにす。三年の後、遠方義を慕いて重訳して至る者、十有六国。此れ即ち己を以て天時に逆らい、禍を得て福と為す者なり。故に天災地妖は、人主を儆む所以の者なり。寤夢征怪は、人臣を儆む所以の者なり。災妖は善政に勝たず、寤夢は善行に勝たず。能く此を知る者は、至治の極なり。唯だ明王のみ此に達す。」公曰く、「寡人鄙固此くの如きに、亦た君子の教を聞くを得ざりしなり。」
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孟子・梁惠王章句下魯の平公將に出でんとす。嬖人臧倉なる者請うて曰く、「他日、君出づれば、則ち必ず有司に之く所を命ず。今、輿に乘り已に駕す。有司未だ之く所を知らず。敢て請う。」公曰く、「將に孟子を見んとす。」曰く、「何ぞや。君の為す所、身を輕んじて以て匹夫に先だつとは。以て賢と為すか。禮義は賢者由り出づ。而るに孟子の後喪は前喪に踰えたり。君、見る無かれ。」公曰く、「諾。」樂正子、入り見えて曰く、「君、奚為れぞ孟軻を見ざるや。」曰く、「或ひと寡人に告げて曰く、『孟子の後喪は前喪を踰えたり。』是を以て往きて見ざるなり。」曰く、「何ぞや。君の所謂踰ゆとは。前には士を以てし、後には大夫を以てし、前には三鼎を以てし、後には五鼎を以てしたるか。」曰く、「否。棺槨衣衾の美を謂うなり。」曰く、「所謂踰ゆるには非ざるなり。貧富同じからざればなり。」樂正子、孟子に見えて曰く、「克、君に告ぐ。君、來たり見んと為す。嬖人に臧倉なる者有り、君を沮む。君是を以て來たることを果たさざるなり。」曰く、「行くも之を使しむる或り、止まるも之を尼むる或り。行止は人の能くする所に非ざるなり。吾の魯侯に遇わざるは、天なり。臧氏の子、焉ぞ能く予をして遇わしめざらんや。」
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尚書・康誥惟れ命は常には于いてせず。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「堯・舜は性のままなる者なり。湯・武は之に反るなり。動容周旋、禮に中る者は、盛德の至りなり。死を哭して哀しむは、生者の為に非ざるなり。經德回ならざるは、以て禄を干むるに非ざるなり。言語必ず信なるは、以て行いを正すに非ざるなり。君子は法を行いて、以て命を俟つのみ。」
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論語・季氏篇孔子曰く、君子に三畏有り。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言を畏る。小人は天命を知らずして畏れざるなり。大人に狎れ、聖人の言を侮る。