宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
平生所薦甚衆尤知名者十餘人如王質與其弟素余靖張瓌石介孫復吴奎韓維陳襄王鼎張昷之杜杞陳希亮之流皆有聞於世世以為知人
新字:平生所薦甚衆尤知名者十余人如王質与其弟素余靖張瓌石介孫復吴奎韓維陳襄王鼎張昷之杜杞陳希亮之流皆有聞於世世以為知人
書き下し
平生薦むる所甚だ衆し。尤も名を知らるる者十餘人。王質と其の弟素・余靖・張瓌・石介・孫復・吳奎・韓維・陳襄・王鼎・張昷之・杜杞・陳希亮の流の如きは、皆世に聞こゆる有り。世以て人を知ると爲す。
現代語訳
富弼が生涯に推薦した者ははなはだ多い。とりわけ名の知られた者は十余人。王質とその弟の王素、余靖、張瓌、石介、孫復、呉奎、韓維、陳襄、王鼎、張昷之、杜杞、陳希亮といった者たちは、みな世に名が聞こえた。世の人は、これをもって人を見る目があるとした。
解説
人物を見る目を、言葉ではなく名簿で証明した五十六字です。何人を推したかではなく、推した人がその後どうなったかが並んでいます。**とりわけ名の知られた者は十余人。**その中には、この書に自分の巻を持つ者もいれば、讒言の的になった石介もいます。推薦した相手が例外なく残ったことが、そのまま評価になりました。**世の人は、これをもって人を見る目があるとした。**推薦の数ではなく、打率で見られています。
この章句が説くこと
平生薦むる所甚だ衆し尤も名を知らるる者十余人皆世に聞こゆる有り世以て人を知ると為す推挙人材
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