宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
富公致事家居專為佛老之學故吏吕大臨與叔奏記於公曰大臨聞之古者三公無職事惟有德者居之内則論道於朝外則主教於鄉古之大人當是任者必將以斯道覺斯民成已以成物豈以爵位進退體力盛衰為之變哉今大道未明人趨異學不入於莊則入於釋疑聖人大道為未盡輕禮義為不足學致人倫不明萬物憔悴此老成大人惻隱存心之時以道自任振起壞俗在公之力宜無難矣若夫移情變氣務求長年此山谷避世之士獨善其身者之所好豈世之所以望於公者哉
新字:富公致事家居専為仏老之学故吏呂大臨与叔奏記於公曰大臨聞之古者三公無職事惟有徳者居之内則論道於朝外則主教於鄉古之大人当是任者必将以斯道覚斯民成已以成物豈以爵位進退体力盛衰為之変哉今大道未明人趨異学不入於荘則入於釈疑聖人大道為未尽軽礼義為不足学致人倫不明万物憔悴此老成大人惻隠存心之時以道自任振起壊俗在公之力宜無難矣若夫移情変気務求長年此山谷避世之士独善其身者之所好豈世之所以望於公者哉
書き下し
富公事を致して家居し、專ら佛老の學を爲す。故吏呂大臨與叔、記を公に奏して曰く、大臨之を聞く、古は三公に職事無く、惟だ德有る者之に居る。内は則ち道を朝に論じ、外は則ち教を鄉に主どる。古の大人の是の任に當たる者は、必ず將に斯の道を以て斯の民を覺まし、己を成して以て物を成さんとす。豈に爵位の進退・體力の盛衰を以て之が變を爲さんや。今大道未だ明らかならず、人異學に趨る。莊に入らずんば則ち釋に入る。聖人の大道を未だ盡くさずと疑い、禮義を輕んじて學ぶに足らずと爲す。人倫をして明らかならざらしめ、萬物憔悴す。此れ老成の大人の惻隱心に存するの時なり。道を以て自ら任じ、壞俗を振り起こすは、公の力に在り。宜しく難き無かるべし。若し夫れ情を移し氣を變じ、務めて長年を求むるは、此れ山谷避世の士の獨り其の身を善くする者の好む所なり。豈に世の公に望む所以ならんやと。
現代語訳
富弼が職を退いて家に居り、もっぱら仏教と老荘の学に励んでいた。かつての部下である呂大臨(字は与叔)が、書面を富弼に差し上げて言った。「大臨が聞いておりますところでは、古は三公に職務がなく、ただ徳ある者がその位に居りました。内では朝廷で道を論じ、外では郷里で教化を主どりました。古の大人でこの任に当たった者は、必ずやこの道によってこの民の目を覚まし、自らを成し遂げて他をも成し遂げようとしました。どうして爵位が上がり下がりしたり、体力が盛んになったり衰えたりすることで、それを変えるでしょうか。いま大いなる道は明らかでなく、人は異なる学に走ります。荘子に入らなければ仏に入る。聖人の大道を尽くされていないものと疑い、礼義を軽んじて学ぶに足りないとする。人の道は明らかにならず、万物は憔悴しております。これこそ、老成した大人が憐れみの心を抱くべきときです。道を自らの任として、崩れた風俗を振るい起こすことは、公のお力にあれば難しくないはずです。もしそれ、心を移し気を変えて、ひたすら長生きを求めるのは、山谷に隠れて世を避ける士で、ひとり自分の身だけを善くする者の好むところです。それがどうして、世が公に望むことでありましょうか」。
解説
この章句が説くこと
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