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宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼

元豐六年公病上書言八事大抵論君子小人為治亂之本神宗語宰輔曰富弼有章疏來章惇曰弼所言何事帝曰言朕左右多小人惇曰可令分析孰為小人帝曰弼三朝老臣豈可令分析左丞王安禮曰弼之言是也罷朝惇責安禮曰左丞對上之言失矣安禮曰吾軰今日曰誠如上諭明日曰聖學非臣所及安得不謂之小人惇無以對是年五月大星殞於公所居還政堂下空中如甲馬聲公登天光臺焚香再拜知其將終也

新字:元豊六年公病上書言八事大抵論君子小人為治乱之本神宗語宰輔曰富弼有章疏来章惇曰弼所言何事帝曰言朕左右多小人惇曰可令分析孰為小人帝曰弼三朝老臣豈可令分析左丞王安礼曰弼之言是也罷朝惇責安礼曰左丞対上之言失矣安礼曰吾軰今日曰誠如上諭明日曰聖学非臣所及安得不謂之小人惇無以対是年五月大星殞於公所居還政堂下空中如甲馬声公登天光台焚香再拝知其将終也

書き下し

元豐六年、公病みて上書し八事を言う。大抵、君子小人の治亂の本たるを論ず。神宗宰輔に語りて曰く、富弼に章疏の來たる有りと。章惇曰く、弼の言う所は何事ぞと。帝曰く、朕の左右に小人多しと言うと。惇曰く、孰れか小人たるかを分析せしむ可しと。帝曰く、弼は三朝の老臣なり。豈に分析せしむ可けんやと。左丞王安禮曰く、弼の言は是なりと。朝を罷む。惇、安禮を責めて曰く、左丞の上に對するの言は失せりと。安禮曰く、吾輩は今日、誠に上の諭の如しと曰い、明日、聖學は臣の及ぶ所に非ずと曰う。安んぞ之を小人と謂わざるを得んやと。惇以て對うる無し。是の年五月、大星公の居る還政堂の下に殞つ。空中に甲馬の聲の如きあり。公天光臺に登り、香を焚きて再拜す。其の將に終わらんとするを知るなり。

現代語訳

元豊六年、富弼は病中に上書して八か条を述べた。おおむね、君子と小人が治乱の根本であることを論じたものであった。神宗は宰相たちに語って言った。「富弼から上疏が来た」。章惇が言った。「弼が言っているのは何事ですか」。帝は言った。「朕の側近に小人が多い、と言っている」。章惇は言った。「誰が小人か、はっきりさせるよう命じるべきです」。帝は言った。「弼は三代に仕えた老臣である。どうして名指しさせられようか」。左丞の王安礼が言った。「弼の言うところは正しいものです」。朝が終わった。章惇は王安礼を責めて言った。「左丞が主上に申し上げた言葉は誤りです」。王安礼は言った。「我らは今日『まことに仰せのとおりです』と言い、明日『聖なる学問は臣の及ぶところではありません』と言う。どうしてこれを小人と言わずにいられようか」。章惇は答えるところがなかった。この年の五月、大きな星が富弼の住む還政堂の下に落ちた。空中に甲冑の馬のような音がした。富弼は天光台に登り、香を焚いて二度拝んだ。自分の最期が近いことを知ったのである。

解説

「誰が小人か名を挙げさせろ」という迫り方は、告発を潰すのに有効です。名指しできなければ誣告になり、名指しすれば争いになる。帝はそれを退けました。**弼は三代に仕えた老臣である。どうして名指しさせられようか。**そのあと、退朝後のやりとりが本題です。責められた王安礼が、名前ではなく振る舞いで定義しました。**我らは今日「まことに仰せのとおりです」と言い、明日「聖なる学問は臣の及ぶところではありません」と言う。どうしてこれを小人と言わずにいられようか。**自分たちを含めて数えています。

この章句が説くこと

大抵君子小人の治乱の本たるを論ず孰れか小人たるかを分析せしむ可し弼は三朝の老臣なり豈に分析せしむ可けんや吾輩は今日誠に上の諭の如しと曰い明日聖学は臣の及ぶ所に非ずと曰う安んぞ之を小人と謂わざるを得んや追従小人

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