宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
英宗以疾不能視朝大臣請光獻埀簾后辭之不獲乃從英宗纔康復后已下手書復辟魏公奏臺諌有章䟽請太后早復政后聞之遽起魏公亟令儀鑾司撤簾后猶未轉御屏尚見其衣也時公為樞密相怪魏公不關報撤簾事有魏公欲致弼於㓕族之地之語
新字:英宗以疾不能視朝大臣請光献埀簾后辞之不獲乃従英宗纔康復后已下手書復辟魏公奏台諌有章䟽請太后早復政后聞之遽起魏公亟令儀鑾司撤簾后猶未転御屏尚見其衣也時公為枢密相怪魏公不関報撤簾事有魏公欲致弼於㓕族之地之語
書き下し
英宗疾を以て朝を視る能わず。大臣光獻に垂簾せんことを請う。后之を辭するも獲ず、乃ち從う。英宗纔かに康復するや、后已に手書を下して復辟す。魏公奏す、臺諫に章疏有り、太后に早く政を復せんことを請うと。后之を聞きて遽かに起つ。魏公亟かに儀鑾司をして簾を撤せしむ。后猶お未だ御屏を轉ぜず、尚お其の衣を見るなり。時に公樞密相爲り。魏公の撤簾の事を關報せざるを怪しむ。魏公は弼を滅族の地に致さんと欲すとの語有り。
現代語訳
英宗が病のために朝政を見ることができなかった。大臣たちは光献(曹太后)に簾を垂れて政を執るよう請うた。太后は辞退したが受け入れられず、そこで従った。英宗がわずかに回復すると、太后はすでに自筆の書を下して政を返した。韓琦は奏上した。「台諫に上疏があり、太后に早く政を返されるよう請うております」。太后はこれを聞いて、にわかに立ち上がった。韓琦はただちに儀鑾司に命じて簾を撤去させた。太后はまだ御屏の陰に回りきっておらず、なおその衣が見えていた。当時、富弼は枢密の宰相であった。韓琦が簾を撤去したことを自分に通報しなかったのを不審に思った。「韓琦は富弼を一族もろとも滅ぼす場所へ追いやろうとしている」という言葉が交わされた。
解説
前の巻で「返すと言ったその日のうちに簾を巻かせた」と書かれていた場面を、今度は富弼の側から見ています。同じ動作が、こちらでは危うさとして記録されました。**太后はまだ御屏の陰に回りきっておらず、なおその衣が見えていた。**一歩間違えば無礼を咎められる速さです。そして枢密の宰相に、その場のことが伝わっていませんでした。**韓琦が簾を撤去したことを自分に通報しなかったのを不審に思った。**同じ一件を、二つの巻が別の意味で残しています。編者はどちらが正しいとも書きません。
この章句が説くこと
英宗纔かに康復するや后已に手書を下して復辟す魏公亟かに儀鑾司をして簾を撤せしむ后猶お未だ御屏を転ぜず尚お其の衣を見るなり魏公の撤簾の事を関報せざるを怪しむ速さ危うさ
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦他日、光獻中書に對して泣きて英宗の疾中の語言起居の狀を訴う。繼いで樞密院に對する語も亦た前の如し。富弼公に謂いて曰く、適ま簾下の說を聞くや否や。弼は聞くに忍びずと。蓋し富の意も亦た太后の意を以て然りと爲し、而して咎を英宗に歸するなり。公、力めて太后に簾を徹せんことを勸むるに及び、敢えて富公をして預り聞かしめず。後に中書已に光獻の旨を得て政を還すも、密院は猶お未だ知らざるなり。手書の出づるに迨びて、富公愕然たり。此に因りて悦ばず。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公、魏公と同じく中書に在り。公の母老いたり。一日、語故事に及ぶ。宰相に起復して事を視る者有りと。魏公曰く、此れ朝廷の盛事に非ずと。已にして公母の憂に居る。朝廷屢ミ詔して之を起こす。章を上りて三たび辭す。貼黄に言う、臣中書に在るとき嘗て韓と之を言えり。決して當に起こすべからずと。魏公嘆じて曰く、吾但だ實を以て之を言うのみ。以て怨みと爲すを料らざりきと。此れより二人稍稍隙有り。
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『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦英宗既に外より來たり、又た方に疾に寢して豫ならず。人情向いて太后に在り。公、宮中に不測有るを慮る。一日對に因り、深く言を以て太后を動かして曰く、臣等只だ外面に在りて官家に見ゆるを得ず。内中の保護は全く太后に在り。若し官家照管を失わば、太后も亦た未だ安穩ならずと。太后驚きて曰く、相公は是れ何の言語ぞ。自家は更に是れ心を用うと。公即ち曰く、太后照管せば則ち衆人自ら照管せんと。同列は爲に頸を縮め汗を流す。既にして吳奎曰く、語太だ過ぎざるかと。公曰く、此くの如くせざるを得ずと。
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『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦公潜かに英廟已に安きを察するも、曹后未だ政を還す意有らず。乃ち先ず英廟に建議して曰く、一たび出でて雨を祈り、天下の人をして官家を識らしむ可しと。上之を然りとし、太后に咨る。太后怒りて曰く、獨り先に此を稟せざるか。孩兒未だ安からず、恐らくは未だ出づる能わじと。公曰く、以て出づ可しと。后曰く、人主出づるには禮儀を備えざる可からず。方に喪に處り、素仗未だ具わらずと。公曰く、此れ小事なり。朝廷旨を頤せば即ち辦ぜんと。數日ならずして素仗成る。上遂に相國寺に幸す。京師の疑い已に解け、太后久しからずして即ち政を還す。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼英宗臨御す。一日、韓公數宦者の策立に勞有れば當に官を遷すべきを進擬す。公曰く、先帝は神器を陛下に付す。此の輩何の功か書す可きやと。韓愧色有り。後に韓長安に帥たり。范堯夫の爲に其の事を言いて曰く、琦は便ち富公を怕るるなりと。
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『宋名臣言行録』後集巻十・傅堯俞英宗初め即位して疾有り。皇太后同じく政を聽く。是に至りて上の疾平らぐ。公上書して天子の聽政を請う。又た再び太后に疏して政を天子に還さんことを請う。未だ聽かれず。久しくして頗る内侍任守忠に讒間の語有るを聞く。公又た太后に上疏して曰く、天下の信ず可き者は天下を以て人に與うるより大なるは無し。亦た天下を人より受くるより大なるは無し。殿下今日讒人を誅竄せば、則ち慈孝の聲並びに天下に隆からんと。是に於いて太后遂に政を還し守忠等を逐う。