宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公潜察英廟巳安而曹后未有還政意乃先建議英廟曰可一出祈雨使天下之人識官家上然之咨太后太后怒曰獨不先禀此耶孩兒未安恐未能出公曰可以出矣后曰人主出不可以不備禮儀方處䘮素仗未具公曰此小事朝廷頤㫖即辦不數日素仗成上遂幸相國寺京師之疑巳解太后不久即還政
新字:公潜察英廟巳安而曹后未有還政意乃先建議英廟曰可一出祈雨使天下之人識官家上然之咨太后太后怒曰独不先禀此耶孩児未安恐未能出公曰可以出矣后曰人主出不可以不備礼儀方処喪素仗未具公曰此小事朝廷頤旨即辦不数日素仗成上遂幸相国寺京師之疑巳解太后不久即還政
書き下し
公潜かに英廟已に安きを察するも、曹后未だ政を還す意有らず。乃ち先ず英廟に建議して曰く、一たび出でて雨を祈り、天下の人をして官家を識らしむ可しと。上之を然りとし、太后に咨る。太后怒りて曰く、獨り先に此を稟せざるか。孩兒未だ安からず、恐らくは未だ出づる能わじと。公曰く、以て出づ可しと。后曰く、人主出づるには禮儀を備えざる可からず。方に喪に處り、素仗未だ具わらずと。公曰く、此れ小事なり。朝廷旨を頤せば即ち辦ぜんと。數日ならずして素仗成る。上遂に相國寺に幸す。京師の疑い已に解け、太后久しからずして即ち政を還す。
現代語訳
韓琦はひそかに英宗がもう回復していることを見て取ったが、曹太后には政を返す気配がなかった。そこでまず英宗に進言した。「一度お出ましになって雨乞いをなさり、天下の人に天子のお姿を知らせるのがよろしい」。天子はもっともだとして、太后に相談した。太后は怒って言った。「どうして先にわたくしに伺いを立てないのか。あの子はまだ本復していない。おそらく出られまい」。韓琦は言った。「お出ましになれます」。太后は言った。「人主が出るには礼儀を備えねばならぬ。いまは喪中で、白木の儀仗がまだ整っていない」。韓琦は言った。「それは小さな事です。朝廷が旨を下せばすぐ整います」。数日もせずに白木の儀仗ができあがった。天子はついに相国寺に行幸した。都の疑いはすでに解け、太后はほどなく政を返した。
解説
返す気のない相手を、議論では動かしませんでした。動かしたのは事実のほうです。**一度お出ましになって雨乞いをなさり、天下の人に天子のお姿を知らせるのがよろしい。**病で伏せているという前提そのものを、目に見える形で崩す手です。太后は二段構えで断りました。まだ本復していない、儀仗が整っていない。韓琦の答えは二つとも短い。**お出ましになれます。それは小さな事です、旨を下せばすぐ整います。**数日で儀仗ができ、行幸が済み、都の疑いが解けた。**太后はほどなく政を返した。**
この章句が説くこと
一たび出でて雨を祈り天下の人をして官家を識らしむ可し孩児未だ安からず恐らくは未だ出づる能わじ公曰く以て出づ可し此れ小事なり朝廷旨を頤せば即ち辦ぜん京師の疑い已に解け太后久しからずして即ち政を還す事実説得
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説苑・尊賢斉の将軍田瞶出でて将たらんとす。張生郊に送りて曰く、「昔者堯許由に天下を譲るに、耳を洗いて受けず、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「伯夷叔斉諸侯の位を辞して為さず、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「於陵の仲子三公の位を辞して傭われて人の為に園に灌ぐ、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「智過君の第を去り、姓名を変じ、免れて庶人と為る、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「孫叔敖三たび相を去りて悔いず、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「此の五大夫は、名は之を辞すれども実は之を羞ずるなり。今将軍方に一国の権を吞み、鼓を提げ旗を擁し、堅を被り鋭を執り、十万の師を旋回し、斧鉞の誅を擅にす、慎みて士の羞ずる所の者を以て士に驕る勿かれ」と。田瞶曰く、「今日諸君皆瞶が為に祖道して酒脯を具うるに、先生独り之に教うるに聖人の大道を以てす、謹んで命を聞けり」と。
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