宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
公為相守格法行故事而附以公議無心於其間故百官任職天下無事以所在民力困弊稅役不均遣使分道相視裁减謂之寛恤民力又弛茶禁以通商賈省刑獄天下便之
新字:公為相守格法行故事而附以公議無心於其間故百官任職天下無事以所在民力困弊税役不均遣使分道相視裁减謂之寛恤民力又弛茶禁以通商賈省刑獄天下便之
書き下し
公相と爲り、格法を守り故事を行い、而して附するに公議を以てし、其の間に心無し。故に百官職に任じ、天下無事なり。所在の民力困弊し、稅役均しからざるを以て、使いを遣わし道を分かちて相い視、裁して減ず。之を寬恤民力と謂う。又た茶禁を弛めて以て商賈を通じ、刑獄を省く。天下之に便とす。
現代語訳
富弼は宰相となり、定まった法を守り、先例どおりに行い、そこに公の議論を添えて、その間に私の意図を差し挟まなかった。だから百官はそれぞれの職務を果たし、天下は無事であった。各地で民の力が疲弊し、税と労役が公平でないことを理由に、使者を遣わして道を分けて視察させ、裁量して減らした。これを民力を寛くいたわると呼んだ。また茶の専売の禁をゆるめて商人の往来を通じ、刑獄を減らした。天下はこれを便利とした。
解説
宰相としての仕事ぶりが、新機軸のなさで褒められています。**定まった法を守り、先例どおりに行い、そこに公の議論を添えて、その間に私の意図を差し挟まなかった。**そして結果が短く続きます。**だから百官はそれぞれの職務を果たし、天下は無事であった。**上が動かないと、下は自分の持ち場を回せる。前の巻の韓琦が言った「事を処理するのに意図があってはならない」と、同じ言葉が使われています。それでいて手は打っていました。**税と労役が公平でないことを理由に、使者を遣わして視察させ、裁量して減らした。**
この章句が説くこと
格法を守り故事を行い而して附するに公議を以てし其の間に心無し故に百官職に任じ天下無事なり使いを遣わし道を分かちて相い視裁して減ず又た茶禁を弛めて以て商賈を通じ刑獄を省く無心慣行
関連する章句
-
説苑・貴德景公嬰児の途に乞ふ有るを睹て、公曰く、「是れ帰る無からんか」と。晏子対へて曰く、「君存す何為れぞ帰る無からん、養はしめば、立ちどころにして以て聞こゆべし」と。
-
論語・雍也篇季康子問う、「仲由は政に従わしむ可きか。」子曰く、「由や果、政に従うに於いて何か有らん。」曰く、「賜は政に従わしむ可きか。」曰く、「賜や達、政に従うに於いて何か有らん。」曰く、「求は政に従わしむ可きか。」曰く、「求や芸、政に従うに於いて何か有らん。」
-
牧民忠告・拜命吏人は蓋(けだ)し法律を以て師と為すなり。魏相(ぎしょう)の望隆(のぞ)み当世に隆(さか)んなりし所以は、漢家の典故悉(つ)くさざる所無ければなり。凡そ仕に学ぶ者、経史の余、若(も)しくは国朝以来の典章文物のごときも、亦須(すべから)く備(つぶさ)に考え詳らかに観るべし、一旦官に入らば、庶(ちか)からんか俗吏の迂(う)とする所と為らざらんことを。
-
『韓非子』姦劫弒臣第十四世主は仁義の名を美として其の實を察せず、是を以て大なる者は國亡び身死し、小なる者は地削られ主卑し。
-
牧民忠告・聽訟昔嘗て外に使いして、過ぐる所の州県、問いを待つ者門に雲集(うんしゅう)し、毎(つね)に焉(これ)を病めり。乃(すなわ)ち一能吏(のうり)に命じて其の告ぐる所を簿(ぼ)せしめ、日(ひび)に之を省(かえり)み、日に之を遣(や)る。旬(じゅん)を浹(めぐ)らざるに、則ち訟庭(しょうてい)闃然(げきぜん)たり。
-
『塩鉄論』執務篇丞相曰く、先王の道は、軼くこと久しくして復し難く、賢良・文學の言は、深遠にして行い難し。夫れ上聖の高行を稱し、至德の美言を道うは、當世の能く及ぶ所に非ざるなり。願わくは方今の急務、政に復た行うべきものを聞かん。百姓をして咸な衣食に足り、乏困の憂い無く、風雨時あり、五穀熟し、螟螣生ぜず、天下安樂にして、盜賊起こらず、流人還り歸り、各々其の田里に反り、吏は皆廉正にして、敬みて以て職を奉じ、元元各々其の理を得しめんことを。