宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
㑹河朔大水民流京東擇所部豐稔者三州勸民岀粟得十五萬斛益以官廪隨所在貯之得公私廬舍十餘萬間散處其人以便薪水官吏自前資待闕寄居者皆給其禄使即民所聚選老弱捐□者廪之
新字:会河朔大水民流京東択所部豊稔者三州勧民岀粟得十五万斛益以官廪随所在貯之得公私廬舎十余万間散処其人以便薪水官吏自前資待闕寄居者皆給其禄使即民所聚選老弱捐□者廪之
書き下し
會ミ河朔大水す。民京東に流る。所部の豐稔なる者三州を擇び、民に粟を出だすを勸めて十五萬斛を得たり。益すに官廩を以てし、在る所に隨いて之を貯う。公私の廬舍十餘萬間を得て、其の人を散じ處らしめ、以て薪水に便ならしむ。官吏の前資・待闕・寄居の者よりして、皆其の禄を給して民の聚まる所に即かしむ。老弱の□を捐つる者を選びて之を廩す。
現代語訳
ちょうど河朔が大水になった。民は京東に流れてきた。管轄下で豊作の三州を選び、民に穀物を出すよう勧めて十五万斛を得た。それに官の倉を足し、それぞれの所在に応じて貯えた。公私の家屋十余万間を確保して、人々を分けて住まわせ、薪と水に不自由しないようにした。官吏では前任者・任地待ち・寄留の者に至るまで、みなその俸禄を支給して、民の集まっている場所に赴かせた。老人や子供で〔一字を欠く〕を捨てた者を選んで、食糧を給した。
解説
災害救助の設計が、三つに分かれています。物資はまず地元から集めました。**管轄下で豊作の三州を選び、民に穀物を出すよう勧めて十五万斛を得た。**官の備蓄は足しに使っています。住まいは集めずに散らしました。**公私の家屋十余万間を確保して、人々を分けて住まわせ、薪と水に不自由しないようにした。**大きな収容所を作らず、生活が回る単位に分けている。人手も遊ばせません。**前任者・任地待ち・寄留の者に至るまで、みなその俸禄を支給して、民の集まっている場所に赴かせた。**
この章句が説くこと
所部の豊稔なる者三州を択び民に粟を出だすを勧めて十五万斛を得たり公私の廬舎十余万間を得て其の人を散じ処らしめ以て薪水に便ならしむ官吏の前資待闕寄居の者よりして皆其の禄を給す民の聚まる所に即かしむ救済分散
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李衛公問対・卷下分かつべくして分たざるは、縻軍と為る。聚まるべくして聚まらざるは、孤旅と為る。
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