宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
王拱辰言於仁宗曰富弼亦何功之有但能添金帛之數厚夷狄而□中國爾仁宗曰不然朕所愛者土宇生民爾財物非所惜也拱辰曰財物豈不出於生民邪仁宗曰國家經費取之非一日之積嵗出以賜夷狄亦未至困民若兵興調發嵗出不貲非若今之緩取也拱辰曰敵情無厭好窺中國之隙且陛下只有一女萬一欲求和親則如之何仁宗憫然動色曰茍利社稷朕亦何愛一女邪拱辰言塞遽曰臣不知陛下屈已愛民如此堯舜之主也洒泣再拜而去
新字:王拱辰言於仁宗曰富弼亦何功之有但能添金帛之数厚夷狄而□中国爾仁宗曰不然朕所愛者土宇生民爾財物非所惜也拱辰曰財物豈不出於生民邪仁宗曰国家経費取之非一日之積歳出以賜夷狄亦未至困民若兵興調発歳出不貲非若今之緩取也拱辰曰敵情無厭好窺中国之隙且陛下只有一女万一欲求和親則如之何仁宗憫然動色曰茍利社稷朕亦何愛一女邪拱辰言塞遽曰臣不知陛下屈已愛民如此堯舜之主也洒泣再拝而去
書き下し
王拱辰、仁宗に言いて曰く、富弼も亦た何の功か之れ有らん。但だ能く金帛の數を添えて夷狄を厚くし、而して中國を□するのみと。仁宗曰く、然らず。朕の愛する所は土宇生民のみ。財物は惜しむ所に非ざるなりと。拱辰曰く、財物は豈に生民より出でざらんやと。仁宗曰く、國家の經費は之を取ること一日の積みに非ず。歳ミ出だして以て夷狄に賜うも、亦た未だ民を困しむるに至らず。若し兵興らば調發の歳出は貲らず。今の緩やかに取るが若きに非ざるなりと。拱辰曰く、敵情厭く無く、好んで中國の隙を窺う。且つ陛下は只だ一女有るのみ。萬一和親を求めんと欲せば、則ち之を如何せんと。仁宗憫然として色を動かして曰く、苟くも社稷に利あらば、朕も亦た何ぞ一女を愛しまんやと。拱辰言塞がり、遽かに曰く、臣は陛下の己を屈して民を愛すること此くの如きを知らざりき。堯舜の主なりと。涕を洒ぎ再拜して去る。
現代語訳
王拱辰が仁宗に言った。「富弼にもまた何の功があるのでしょうか。ただ金と絹の数を増やして夷狄を厚くし、中国を〔一字を欠く〕しただけです」。仁宗は言った。「そうではない。朕が愛するのは国土と民だけである。財物は惜しむものではない」。拱辰は言った。「財物とて、民から出ないことがありましょうか」。仁宗は言った。「国家の経費は、一日で積み上げて取ったものではない。毎年出して夷狄に賜っても、まだ民を苦しめるには至らない。もし戦になれば徴発の年ごとの出費は計り知れず、いまのようにゆるやかに取るのとは違う」。拱辰は言った。「敵の欲には限りがなく、中国の隙をうかがうのを好みます。しかも陛下にはお一人の娘しかおられません。万一、和親を求めてきたらどうなさいますか」。仁宗は哀れむように顔色を動かして言った。「いやしくも国家のためになるなら、朕とて娘一人を惜しむものか」。拱辰は言葉に詰まり、思わず言った。「臣は、陛下が身を屈して民を愛されることが、これほどとは存じませんでした。堯舜の君であられます」。涙を流し、二度拝して去った。
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・六本孔子曰わく、「舟は水に非ざれば、行かず。水舟に入れば、則ち没す。君は民に非ざれば、治まらず。民上を犯せば、則ち傾く。是の故に君子は厳ならざる可からざるなり、小人は整一ならざる可からざるなり。」
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孫子・用間篇孫子曰く、凡そ師十万を興し千里に出征すれば、百姓の費、公家の奉、日に千金を費やし、内外騒動し、道路に怠り、事を操るを得ざる者七十万家なり。
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論語・顔淵篇哀公、有若に問いて曰く、「年饑えて、用足らず。之を如何。」有若対えて曰く、「盍ぞ徹せざる。」曰く、「二すら、吾猶お足らず。之を如何ぞ其れ徹せんや。」対えて曰く、「百姓足らば、君孰と与にか足らざらん。百姓足らずんば、君孰と与にか足らん。」
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孫子・作戦篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、馳車千駟、革車千乗、帯甲十万、千里に糧を饋る。則ち内外の費、賓客の用、膠漆の材、車甲の奉、日に千金を費やし、然る後に十万の師挙がるなり。
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呂氏春秋・仲秋③是の月や、乃ち宰祝に命じて、犠牲を巡行せしむ。全具を視、芻豢を案じ、肥瘠を瞻、物色を察し、必ず比類して、大小を量り、長短を視、皆度に中らしむ。五つの者備に當りて、上帝其れ享く。天子乃ち儺して、佐疾を禦ぎ、以て秋氣を通ず。犬を以て麻を嘗め、先づ寢廟を祭る。
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『塩鉄論』散不足篇古者、諸侯は馬を秣わず、天子命有れば、車を以て牧に就く。庶人の馬に乘る者は、以て其の勞に代うるに足るのみ。故に行けば則ち桅に服し、止まれば則ち犁に就く。今富者は車を連ね騎を列ね、驂貳輜軿す。中なる者は微輿短轂、繁髦掌蹄なり。夫れ一馬櫪に伏すは、中家六口の食に當たり、丁男一人の事を亡う。