塩鉄論 / 散不足篇
「古者、諸侯不秣馬、天子有命、以車就牧。庶人之乘馬者、足以代其勞而已。故行則服桅、止則就犁。今富者連車列騎、驂貳輜軿。中者微輿短轂、繁髦掌蹄。夫一馬伏櫪、當中家六口之食、亡丁男一人之事。
新字:「古者、諸侯不秣馬、天子有命、以車就牧。庶人之乗馬者、足以代其労而已。故行則服桅、止則就犁。今富者連車列騎、驂貳輜軿。中者微輿短轂、繁髦掌蹄。夫一馬伏櫪、当中家六口之食、亡丁男一人之事。
書き下し
古者、諸侯は馬を秣わず、天子命有れば、車を以て牧に就く。庶人の馬に乘る者は、以て其の勞に代うるに足るのみ。故に行けば則ち桅に服し、止まれば則ち犁に就く。今富者は車を連ね騎を列ね、驂貳輜軿す。中なる者は微輿短轂、繁髦掌蹄なり。夫れ一馬櫪に伏すは、中家六口の食に當たり、丁男一人の事を亡う。
現代語訳
昔は、諸侯でも馬に穀物を与えて飼うことをせず、天子の命があってはじめて車を牧場へやった。庶民で馬に乗る者は、自分の労を代わってもらう程度で足りていた。だから行くときは荷車を引かせ、止まっているときは犂につないだ。いまは富める者が車を連ね騎馬を並べ、添え馬をつけ、幌つきの車まで持つ。中くらいの者でも小ぶりの車に短い轂、たてがみを飾り蹄を手入れした馬を持つ。そもそも馬一頭を厩に立たせておくのは、中流の家の六人分の食に当たり、働き盛りの男一人分の仕事を失わせることになる。
解説
散不足篇の並びのなかで、はじめて数字が出てきます。**馬一頭を飼うことは、中流家庭の六人分の食に相当し、働き手一人分の労働を失わせる。**贅沢を「よくない」と言うのではなく、何と引き換えかを換算して見せている。批判の形として、これは強い。昔の馬は行けば車を引き、止まれば犂につないだ——つまり働いていました。いまの馬は厩に立っているだけです。同じ資産でも、働いているかどうかで意味が変わります。
この章句が説くこと
一馬櫪に伏すは中家六口の食に当たる行けば則ち桅に服し止まれば則ち犁に就く丁男一人の事を亡う費用身の丈実利
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