宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
事還除吏部郎中樞密直學士辭不受始受命聞一女卒再受命聞一男生皆不顧而行得家書不發而焚之曰徒亂人意爾尋遷翰林學士公見上力辭曰增幣非臣本志也特以朝廷方討元昊未暇與敵角故不敢以死争爾
新字:事還除吏部郎中枢密直学士辞不受始受命聞一女卒再受命聞一男生皆不顧而行得家書不発而焚之曰徒乱人意爾尋遷翰林学士公見上力辞曰增幣非臣本志也特以朝廷方討元昊未暇与敵角故不敢以死争爾
書き下し
事還りて吏部郎中・樞密直學士を除せらる。辭して受けず。始め命を受くるや一女の卒するを聞き、再び命を受くるや一男の生まるるを聞く。皆顧みずして行く。家書を得るも發かずして之を焚きて曰く、徒らに人の意を亂すのみと。尋いで翰林學士に遷る。公上に見えて力めて辭して曰く、幣を增すは臣の本志に非ざるなり。特だ朝廷方に元昊を討ち、未だ敵と角するに暇あらざるを以て、故に敢えて死を以て爭わざりしのみと。
現代語訳
任務から戻ると、吏部郎中・枢密直学士に任じられた。辞退して受けなかった。はじめ命を受けたときには娘が一人死んだと聞き、再び命を受けたときには息子が一人生まれたと聞いた。いずれも顧みずに出発した。家からの手紙を受け取っても、開かずに焼いて言った。「いたずらに心を乱すだけだ」。ほどなく翰林学士に移った。富弼は天子に会って強く辞退して言った。「幣を増やしたのは、臣の本意ではありません。ただ朝廷がまさに元昊を討とうとしていて、まだ契丹と角突き合わせる余裕がなかったので、あえて死をもって争わなかっただけです」。
解説
国境での二年に、家のほうで何が起きていたかが二行で書かれます。はじめ命を受けたときには娘が一人死んだと聞き、再び命を受けたときには息子が一人生まれたと聞いた。いずれも顧みずに出発した。そして手紙の扱いが徹底しています。開かずに焼いて、いたずらに心を乱すだけだ、と言った。帰国後の辞退の言葉も、成果を成果として受け取っていません。幣を増やしたのは、臣の本意ではありません。やむを得ずそうしたのだ、と言い、褒賞を断りました。二十万で戦を止めた人が、それを功と呼ばせていない。
この章句が説くこと
始め命を受くるや一女の卒するを聞き再び命を受くるや一男の生まるるを聞く皆顧みずして行く家書を得るも発かずして之を焚く徒らに人の意を乱すのみ幣を增すは臣の本志に非ざるなり未だ敵と角するに暇あらざるを以て故に敢えて死を以て争わざりしのみ覚悟家族
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