宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
公再使以國書與口傳之詞不同馳還奏曰政府故為此欲置臣於死臣死不足惜奈國事何吕夷簡争之曰恐是誤當令改定公益辨論不平仁宗問樞使晏殊何如殊曰夷簡决不肯為此誠恐誤爾公怒曰晏殊姦邪黨夷簡以欺陛下公晏之壻也其忠直如此公力争獻納二字及還而晏公已稱納矣
新字:公再使以国書与口伝之詞不同馳還奏曰政府故為此欲置臣於死臣死不足惜奈国事何呂夷簡争之曰恐是誤当令改定公益弁論不平仁宗問枢使晏殊何如殊曰夷簡決不肯為此誠恐誤爾公怒曰晏殊姦邪党夷簡以欺陛下公晏之壻也其忠直如此公力争献納二字及還而晏公已称納矣
書き下し
公再び使いするに、國書と口傳の詞と同じからず。馳せ還りて奏して曰く、政府故らに此を爲し、臣を死に置かんと欲す。臣の死は惜しむに足らず。國事を奈何せんと。呂夷簡之を爭いて曰く、恐らくは是れ誤りならん。當に改め定めしむべしと。公益ミ辨論して平らかならず。仁宗、樞使晏殊に何如と問う。殊曰く、夷簡決して肯えて此を爲さじ。誠に恐らくは誤りのみと。公怒りて曰く、晏殊は姦邪なり。夷簡に黨して以て陛下を欺くと。公は晏の壻なり。其の忠直なること此くの如し。公力めて獻納の二字を爭う。還るに及びて、晏公已に納と稱せり。
現代語訳
富弼が再び使いするとき、国書と口頭で伝える言葉とが食い違っていた。馬を飛ばして戻り、奏上して言った。「政府がわざとこれをして、臣を死地に置こうとしたのです。臣が死ぬのは惜しむに足りません。国事をどうするのですか」。呂夷簡はこれに反論して言った。「おそらく誤りでしょう。改め直させるべきです」。富弼はいよいよ論じ立てて収まらなかった。仁宗は枢密使の晏殊に「どうか」と問うた。晏殊は言った。「夷簡が決してこんなことをするはずがありません。まことに、おそらく誤りにすぎません」。富弼は怒って言った。「晏殊は姦邪です。夷簡に与して陛下を欺いております」。富弼は晏殊の婿である。その真っすぐさは、このとおりであった。富弼は力を尽くして「献」「納」の二字を拒み争った。ところが帰ってみると、晏殊はすでに「納」と書いていた。
解説
この章句が説くこと
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尚書・太甲下言の汝の心に逆らう有らば必ず諸を道に求め、言の汝の志に遜う有らば必ず諸を非道に求めよ。
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