宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
既至乃不復求婚專欲增幣曰南朝遺我書當曰獻否則曰納公争不可北主曰南朝既懼我何惜此二字若我擁兵而南得無悔乎公曰本朝皇帝兼愛南北之民不忍使蹈鋒鏑故屈已增幣何名為懼哉若不得已而至於用兵則南北敵國當以屈直為勝負非使臣之所憂也
新字:既至乃不復求婚専欲增幣曰南朝遺我書当曰献否則曰納公争不可北主曰南朝既懼我何惜此二字若我擁兵而南得無悔乎公曰本朝皇帝兼愛南北之民不忍使蹈鋒鏑故屈已增幣何名為懼哉若不得已而至於用兵則南北敵国当以屈直為勝負非使臣之所憂也
書き下し
既に至るや、乃ち復た婚を求めず、專ら幣を增さんと欲す。曰く、南朝の我に遺る書は、當に獻と曰うべし。否らずんば則ち納と曰えと。公爭いて不可とす。北主曰く、南朝既に我を懼る。何ぞ此の二字を惜しまん。若し我兵を擁して南せば、悔い無きを得んやと。公曰く、本朝の皇帝は南北の民を兼愛し、鋒鏑を蹈ましむるに忍びず。故に己を屈して幣を增す。何ぞ名づけて懼ると爲さんや。若し已むを得ずして用兵に至らば、則ち南北は敵國なり。當に屈直を以て勝負と爲すべし。使臣の憂うる所に非ざるなりと。
現代語訳
到着すると、もう婚姻は求めず、もっぱら幣を増やすことを望んだ。そして言った。「南朝が我に贈る書には『献ずる』と書くべきだ。そうでなければ『納める』と書け」。富弼は争って認めなかった。北の主は言った。「南朝はすでに我を懼れている。この二字を何を惜しむのか。もし我が軍を率いて南下すれば、悔いないでいられるか」。富弼は言った。「本朝の皇帝は南北の民をひとしく愛し、刃と矢を踏ませるに忍びない。だから自ら身を屈して幣を増やすのです。それをどうして懼れると呼べましょうか。もしやむを得ず戦になれば、南北は敵国どうしであり、道理の曲直によって勝負を決めるべきで、使臣の心配することではありません」。
解説
金額は決着したのに、二文字で止まりました。**南朝が我に贈る書には『献ずる』と書くべきだ。そうでなければ『納める』と書け。**実利のない要求ほど、譲れば後の全部に効きます。北の主の詰め方も鋭い。**南朝はすでに我を懼れている。この二字を何を惜しむのか。**富弼はその前提を切り分けました。**皇帝は民に刃を踏ませるに忍びない。だから自ら身を屈して幣を増やすのです。それをどうして懼れると呼べましょうか。**屈するのは選んでしたこと、懼れるのは強いられたこと。そして最後は突き放します。**使臣の心配することではありません。**
この章句が説くこと
南朝の我に遺る書は当に献と曰うべし否らずんば則ち納と曰え南朝既に我を懼る何ぞ此の二字を惜しまん故に己を屈して幣を增す何ぞ名づけて懼ると為さんや当に屈直を以て勝負と為すべし使臣の憂うる所に非ざるなり名目字句
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公具さに以て聞す。上、中丞賈昌朝に命じて館伴せしめ、割地を許さずして歳幣を增すを許す。且つ公に命じて聘に報い、北主に見えしむ。北主曰く、南朝約に違い、鴈門を塞ぎ、塘水を增し、城池を治め、民兵を籍す。此れ何の意ぞや。羣臣兵を舉げて南せんことを請う。寡人以謂えらく、使いを遣わして地を求め、求めて獲ざれば、兵を舉ぐるも未だ晚からずと。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼遂に婚を求めんと欲す。公曰く、婚姻は隙を生じ易し。人命の脩短は知る可からず。歳幣の堅久なるに若かざるなり。本朝の長公主の出降するや、賫送は十萬緡に過ぎず。豈に歳幣の無窮の獲に若かんやと。北主曰く、卿且く歸れ。再び來たらば當に一を擇びて之を受くべし。卿其れ遂に誓書を以て來たれと。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公曰く、就い其れをして勝たしむるも、亡う所の士馬は、羣臣之に當たるか、亦た人主之に當たるか。若し好を通じて絶えずんば、歳幣は盡く人主に歸す。臣下の得る所は、止だ使いを奉ずる者、歳に一二人のみ。羣臣何の利かあらんやと。北主大いに悟り、首肯すること之を久しくす。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼是に於いて許す所の增幣の誓書を留め、復た耶律仁先及び六符をして其の國の誓書を以て來たらしめ、且つ獻納と爲さんことを求む。公奏して曰く、臣既に死を以て之を拒む。敵の氣折れたり。復た許す勿かる可し。彼れ能く爲す無きなりと。上之に從う。幣二十萬を增して契丹と平らぐ。契丹の君臣、今に至るまで其の語を誦し、其の約を守りて敗るに忍びざる者は、其の心、好を通ずると兵を用うるとの利害の在る所を知るを以てなり。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼本朝皇帝の使臣に命ずるや、則ち詞有り。曰く、朕は祖宗の爲に國を守る。必ず敢えて其の地を以て人に與えず。北朝の欲する所は、其の租稅を利するに過ぎざるのみ。朕は地の故を以て多く兩朝の赤子を殺すを欲せず。故に己を屈して幣を增し、以て賦入に代う。若し北朝必ず地を得んと欲せば、是れ志の盟を敗るに在りて、此を假りて詞と爲すのみ。朕も亦た安んぞ獨り用兵を避くるを得んや。澶淵の盟は天地鬼神實に之に臨む。今北朝首めて兵禍を發せば、過ちは朕に在らず。天地鬼神豈に欺く可けんやと。敵大いに感悟す。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公曰く、北朝は章聖皇帝の德を忘れたるか。澶淵の役、若し諸將の言に從わば、北兵の脱するを得る者無からん。且つ北朝、中國と好を通ずれば、則ち人主其の利を專らにして、臣下獲る所無し。若し兵を用うれば、則ち利は臣下に歸して、人主其の禍を任ず。故に北朝の諸臣、爭いて用兵を勸むる者は、此れ皆其の身の謀にして、國の計に非ざるなりと。北主驚きて曰く、何の謂いぞやと。