宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
遂欲求婚公曰婚姻易生隙人命脩短不可知不若嵗幣之堅久也本朝長公主之出降賫送不過十萬緡豈若嵗幣無窮之獲哉北主曰卿且歸矣再來當擇一受之卿其遂以誓書來
新字:遂欲求婚公曰婚姻易生隙人命脩短不可知不若歳幣之堅久也本朝長公主之出降賫送不過十万緡豈若歳幣無窮之獲哉北主曰卿且帰矣再来当択一受之卿其遂以誓書来
書き下し
遂に婚を求めんと欲す。公曰く、婚姻は隙を生じ易し。人命の脩短は知る可からず。歳幣の堅久なるに若かざるなり。本朝の長公主の出降するや、賫送は十萬緡に過ぎず。豈に歳幣の無窮の獲に若かんやと。北主曰く、卿且く歸れ。再び來たらば當に一を擇びて之を受くべし。卿其れ遂に誓書を以て來たれと。
現代語訳
そこで婚姻を求めようとした。富弼は言った。「婚姻は隙を生じやすいものです。人の寿命の長短は分かりません。歳幣が堅く久しいのには及びません。本朝の長公主が降嫁するときの持参は、十万緡を超えません。どうして尽きることのない歳幣を得るのに及びましょうか」。北の主は言った。「卿はひとまず帰るがよい。再び来たときに、どちらか一つを選んで受け取ろう。卿はそのまま誓書を持って来るがよい」。
解説
婚姻の要求は、断りにくい形をしています。名誉の話にすれば、こちらが下に立ちます。富弼は損得の話に置き換えました。婚姻は隙を生じやすいものです。人の寿命の長短は分かりません。縁組は人の生死で終わるが、歳幣は終わらない。そして数字を並べます。長公主の持参は十万緡を超えません。どうして尽きることのない歳幣を得るのに及びましょうか。断る理由を、すべて相手の利益で説明しました。屈辱の争点になりかねない要求が、条件の比較に変わっています。
この章句が説くこと
婚姻は隙を生じ易し人命の脩短は知る可からず歳幣の堅久なるに若かざるなり賫送は十万緡に過ぎず豈に歳幣の無窮の獲に若かんや再び来たらば当に一を択びて之を受くべし婚姻損得
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