宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
公具以聞上命中丞賈昌朝館伴不許割地而許增嵗幣且命公報聘見北主北主曰南朝違約塞鴈門增塘水治城池籍民兵此何意也羣臣請舉兵而南寡人以謂不若遣使求地求而不獲舉兵未晚
新字:公具以聞上命中丞賈昌朝館伴不許割地而許增歳幣且命公報聘見北主北主曰南朝違約塞鴈門增塘水治城池籍民兵此何意也羣臣請舉兵而南寡人以謂不若遣使求地求而不獲舉兵未晩
書き下し
公具さに以て聞す。上、中丞賈昌朝に命じて館伴せしめ、割地を許さずして歳幣を增すを許す。且つ公に命じて聘に報い、北主に見えしむ。北主曰く、南朝約に違い、鴈門を塞ぎ、塘水を增し、城池を治め、民兵を籍す。此れ何の意ぞや。羣臣兵を舉げて南せんことを請う。寡人以謂えらく、使いを遣わして地を求め、求めて獲ざれば、兵を舉ぐるも未だ晚からずと。
現代語訳
富弼はこまごまと報告した。天子は中丞の賈昌朝に接待を命じ、領土の割譲は許さず、歳幣を増やすことは許した。そのうえで富弼に、返礼の使者として北の主に会うよう命じた。北の主は言った。「南朝は約束に背き、雁門を塞ぎ、堤の水を増し、城と堀を修め、民兵を名簿に登録した。これは何のつもりか。臣下たちは兵を挙げて南下せよと言っている。寡人は、まず使いを遣わして土地を求め、求めて得られなければ、そのとき兵を挙げても遅くはない、と考えたのだ」。
解説
交渉の入り口は、四つの言いがかりでした。**雁門を塞ぎ、堤の水を増し、城と堀を修め、民兵を名簿に登録した。**どれも国内の備えです。それを条約違反として並べた。次に脅しが来ます。**臣下たちは兵を挙げて南下せよと言っている。**自分ではなく臣下の意向として出すのが、この種の脅しの型です。そして自分は穏健な側に立ってみせる。**まず土地を求め、得られなければ兵を挙げても遅くはない。**要求を呑ませるための場が、ここまでで組み上がっています。
この章句が説くこと
割地を許さずして歳幣を增すを許す南朝約に違い鴈門を塞ぎ塘水を增し城池を治め民兵を籍す羣臣兵を舉げて南せんことを請う使いを遣わして地を求め求めて獲ざれば兵を舉ぐるも未だ晩からず交渉口実
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公又た曰く、鴈門を塞ぐは、以て元昊に備うるなり。塘水を增すは何承矩に始まる。事は好を通ずる前に在り。地卑くして水聚まる、增さざるを得ず。城壘は皆舊を修む。民兵も亦た舊籍にして、特だ其の缺を補うのみ。約に違うに非ざるなり。晉の高祖、盧龍一道を以て契丹に賂し、周の世宗復た伐ちて關南を取るは、皆異代の事なり。宋興りて已に九十年。若し各ミ異代の故地を求めんと欲せば、豈に北朝の利ならんやと。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼既に至るや、乃ち復た婚を求めず、專ら幣を增さんと欲す。曰く、南朝の我に遺る書は、當に獻と曰うべし。否らずんば則ち納と曰えと。公爭いて不可とす。北主曰く、南朝既に我を懼る。何ぞ此の二字を惜しまん。若し我兵を擁して南せば、悔い無きを得んやと。公曰く、本朝の皇帝は南北の民を兼愛し、鋒鏑を蹈ましむるに忍びず。故に己を屈して幣を增す。何ぞ名づけて懼ると爲さんや。若し已むを得ずして用兵に至らば、則ち南北は敵國なり。當に屈直を以て勝負と爲すべし。使臣の憂うる所に非ざるなりと。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公曰く、北朝は章聖皇帝の德を忘れたるか。澶淵の役、若し諸將の言に從わば、北兵の脱するを得る者無からん。且つ北朝、中國と好を通ずれば、則ち人主其の利を專らにして、臣下獲る所無し。若し兵を用うれば、則ち利は臣下に歸して、人主其の禍を任ず。故に北朝の諸臣、爭いて用兵を勸むる者は、此れ皆其の身の謀にして、國の計に非ざるなりと。北主驚きて曰く、何の謂いぞやと。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼本朝皇帝の使臣に命ずるや、則ち詞有り。曰く、朕は祖宗の爲に國を守る。必ず敢えて其の地を以て人に與えず。北朝の欲する所は、其の租稅を利するに過ぎざるのみ。朕は地の故を以て多く兩朝の赤子を殺すを欲せず。故に己を屈して幣を增し、以て賦入に代う。若し北朝必ず地を得んと欲せば、是れ志の盟を敗るに在りて、此を假りて詞と爲すのみ。朕も亦た安んぞ獨り用兵を避くるを得んや。澶淵の盟は天地鬼神實に之に臨む。今北朝首めて兵禍を發せば、過ちは朕に在らず。天地鬼神豈に欺く可けんやと。敵大いに感悟す。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼乃ち公を以て英等を接伴せしむ。境に入る。上、中使を遣わして之を勞う。英、足疾に托して拜せず。公曰く、吾嘗て北に使いす。病みて車中に臥するも、命を聞けば輒ち起ちて拜せり。今中使至るに、而して公起たざるは、何を見てぞやと。英矍然として起ちて拜す。公懷を開きて與に語り、夷狄を以て之を待たず。英等遂に去るに、左右密かに其の主の欲する所の者を以て公に告ぐ。且つ曰く、從う可くんば之に從え。從う可からずんば、更に一事を以て之を塞げと。