宋名臣言行録 / 後集巻二・富弼
公歸復命再聘受書及口傳之辭於政府既行次樂夀謂其副曰吾為使者而不見國書萬一書詞與口傳者異則吾事敗矣發書視之果不同乃馳還都以晡入見宿學士院一夕易書而行
新字:公帰復命再聘受書及口伝之辞於政府既行次楽夀謂其副曰吾為使者而不見国書万一書詞与口伝者異則吾事敗矣発書視之果不同乃馳還都以晡入見宿学士院一夕易書而行
書き下し
公歸りて復命す。再び聘するに、書及び口傳の辭を政府に受く。既に行きて樂壽に次す。其の副に謂いて曰く、吾使者と爲りて而も國書を見ず。萬一書詞と口傳の者と異ならば、則ち吾が事敗れんと。書を發きて之を視るに、果たして同じからず。乃ち馳せて都に還り、晡を以て入見す。學士院に宿し、一夕にして書を易えて行く。
現代語訳
富弼は帰って復命した。再び使いするにあたって、国書と口頭で伝える言葉とを政府から受け取った。すでに出発して楽寿に泊まったとき、副使に言った。「私は使者でありながら、国書を見ていない。万一、書の文言と口頭で伝えるものとが食い違っていたら、私の任務は失敗する」。書を開いて見ると、はたして同じでなかった。そこで馬を飛ばして都に帰り、夕方に参内した。学士院に宿り、一夜のうちに書を差し替えて出発した。
解説
手続きどおりに受け取った文書を、手続きどおりに運んでいれば、この人は現地で立ち往生していました。気づいたのは道中です。**私は使者でありながら、国書を見ていない。**渡された物の中身を、自分は知らない。そして最悪の場合を先に描きました。**万一、書の文言と口頭で伝えるものとが食い違っていたら、私の任務は失敗する。**開けてみると、そのとおりでした。**はたして同じでなかった。**引き返し方も速い。**馬を飛ばして都に帰り、一夜のうちに書を差し替えて出発した。**
この章句が説くこと
書及び口伝の辞を政府に受く吾使者と為りて而も国書を見ず万一書詞と口伝の者と異ならば則ち吾が事敗れん書を発きて之を視るに果たして同じからず確認文書
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