宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
崔公孺公夫人之弟也公執政用監司非其人則曰公居陶鎔之地宜法造化為心造化者以蛇虎害人之物故置蛇於藪澤置虎於山林今公乃置於通衢使為民害可乎公嚴憚之
新字:崔公孺公夫人之弟也公執政用監司非其人則曰公居陶鎔之地宜法造化為心造化者以蛇虎害人之物故置蛇於藪沢置虎於山林今公乃置於通衢使為民害可乎公厳憚之
書き下し
崔公孺は公の夫人の弟なり。公執政して監司に其の人に非ざる者を用うれば、則ち曰く、公は陶鎔の地に居る。宜しく造化を法として心と爲すべし。造化は蛇虎の人を害するの物なるを以て、故に蛇を藪澤に置き、虎を山林に置く。今公は乃ち通衢に置きて民の害と爲さしむ。可ならんやと。公之を嚴憚す。
現代語訳
崔公孺は韓琦の夫人の弟である。韓琦が政をとって、監司にふさわしくない者を用いると、こう言った。「公は物を鋳て形づくる立場におられます。造化のはたらきを手本として心とすべきです。造化は、蛇や虎が人を害する物であるからこそ、蛇を藪や沢に置き、虎を山林に置きました。いま公はそれを大通りに置いて、民の害とならせている。それでよいのですか」。韓琦はこれを厳しく重く受け止めた。
解説
身内からの諫めです。害のある人物を使うな、とは言っていません。造化は、蛇や虎が人を害する物であるからこそ、蛇を藪や沢に置き、虎を山林に置いた。置き場所の話にしています。蛇も虎も、いるべき場所にいれば世界の一部です。人の通る道に出したときだけ害になる。いま公はそれを大通りに置いて、民の害とならせている。監司は地方を監督する職で、まさに民の通り道にあたります。人を選ぶ目より、置き場所を選ぶ目を問われた条です。
この章句が説くこと
公は陶鎔の地に居る宜しく造化を法として心と為すべし造化は蛇を藪沢に置き虎を山林に置く今公は乃ち通衢に置きて民の害と為さしむ可ならんや公之を厳憚す人事配置
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