宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
石守道作慶厯詩忠邪太明白公與范公適自陜西來朝道中得之范公拊股謂公曰為此怪鬼軰壞了公曰天下事不可如此如此必壞
新字:石守道作慶厯詩忠邪太明白公与范公適自陜西来朝道中得之范公拊股謂公曰為此怪鬼軰壊了公曰天下事不可如此如此必壊
書き下し
石守道、慶暦詩を作る。忠邪太だ明白なり。公、范公と適ま陝西より來朝す。道中に之を得たり。范公股を拊ちて公に謂いて曰く、此の怪鬼の輩の爲に壞了せられんと。公曰く、天下の事は此くの如くなる可からず。此くの如くんば必ず壞れんと。
現代語訳
石介が慶暦の詩を作った。忠と邪の別があまりに明白であった。韓琦は范仲淹とちょうど陝西から都へ来るところであった。道中でこれを手に入れた。范仲淹は自分の股を打って韓琦に言った。「この物の怪どもに、こちらが壊されてしまう」。韓琦は言った。「天下の事は、こうであってはならない。こうであれば必ず壊れる」。
解説
石介が味方を讃えた詩です。讃えられた当人二人が、道中でそれを読み、青くなっています。范仲淹の反応が生々しい。**自分の股を打って、この物の怪どもに、こちらが壊されてしまう、と言った。**敵を名指しして味方を並べた文章は、そのまま党派の名簿になります。韓琦の一言は、この一件に限らない形をしていました。**天下の事は、こうであってはならない。こうであれば必ず壊れる。**のちに慶暦の党争で三人とも退けられます。予感ではなく、構造の話をしていました。
この章句が説くこと
石守道慶暦詩を作る忠邪太だ明白なり此の怪鬼の輩の為に壊了せられん天下の事は此くの如くなる可からず此くの如くんば必ず壊れん区別党争
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