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塩鉄論 / 散不足篇

大夫曰:「吾以賢良為少愈、乃反其幽明、若胡車相隨而鳴。諸生獨不見季夏之螇乎?音聲入耳、秋至而聲無。者生無易由言、不顧其患、患至而後默、晚矣。」

新字:大夫曰:「吾以賢良為少愈、乃反其幽明、若胡車相随而鳴。諸生独不見季夏之螇乎?音声入耳、秋至而声無。者生無易由言、不顧其患、患至而後黙、晩矣。」

書き下し

大夫曰く、吾賢良を以て少しく愈れりと為すに、乃ち其の幽明に反す、胡車の相い隨いて鳴るが若し。諸生獨り季夏の螇を見ざるか。音聲耳に入るも、秋至れば聲無し。者生は言に由るを易んずる無かれ、其の患いを顧みず、患い至りて後に默するは、晚し。

現代語訳

大夫が言った。「私は賢良のほうが少しはましだと思っていたが、かえって暗いほうへ戻ってしまった。胡の車が連なって鳴り続けるようなものだ。諸君は夏の終わりのひぐらしを見たことがないのか。その声は耳に入ってくるが、秋が来れば声はなくなる。諸君、軽々しく物を言うものではない。その先の災いを顧みず、災いが来てから黙るのでは、遅いのだ」

解説

せっかく和らいだ空気が、また硬くなりました。夏の終わりの蝉——いまは鳴いているが、秋が来れば声はなくなる。**いま自由に物が言えているのは、季節がそうだからにすぎない**、という含みです。脅しの形をとっていますが、事実の指摘でもあります。物が言える時期は続かないことがある。だからこそ、言える時期に言っておくべきなのか、黙って身を保つべきなのか。次の段で賢良が答えます。

この章句が説くこと

季夏の螇患い至りて後に黙するは晩し言に由るを易んずる無かれ言論時期危険

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