法句経 / 第二十五 比丘の部 三六五・三六六
三六五 己の所得に不足を懷く可らず、他を羨まざれ、他を羨む比丘は心の安定を得じ。 三六六 比丘あり、己の所得少なきも其の所得に於て不足を懷かざれば諸神尚ほ此の淨命無懈怠の者を讚す。
新字:三六五 己の所得に不足を懐く可らず、他を羨まざれ、他を羨む比丘は心の安定を得じ。 三六六 比丘あり、己の所得少なきも其の所得に於て不足を懐かざれば諸神尚ほ此の浄命無懈怠の者を讃す。
書き下し
三六五 己の所得に不足を懐く可らず、他を羨まざれ、他を羨む比丘は心の安定を得じ。 三六六 比丘あり、己の所得少なきも其の所得に於て不足を懐かざれば諸神尚ほ此の浄命無懈怠の者を讃す。
現代語訳
自分の得たものに不足を抱いてはならない。他人を羨むな。他人を羨む比丘は心の安定を得られない。比丘があって、自分の得たものが少なくても、その得たものについて不足を抱かないなら、神々でさえこの清らかに生き怠りない者を讃える。
解説
比較についての二偈である。三六五は「己の所得に不足を懷く可らず、他を羨まざれ」と二つを並べる。自分の取り分に不満を持つことと、他人を羨むことは、同じ一つの動きの表と裏だ。そして結論は道徳ではなく事実として書かれる——「他を羨む比丘は心の安定を得じ」。羨んでいる間は落ち着かない、というだけのことである。三六六が付け加えるのは、少ないままでよいという話ではない点だ。「己の所得少なきも其の所得に於て不足を懷かざれば」——少ないという事実は変わらない。変わるのは、それを不足と感じるかどうかである。しかもそれを讃えるのが神々だという。人が見ていなくても、という含みが効いている。
この章句が説くこと
不足を懐く可らず他を羨むな心の安定比較
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