宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公姿貌英特美鬚髯骨骼清聳眉目森秀圗繪傳天下人以謂髙山大岳望之氣象雄傑而包育微細畜泄雲雨藏匿寳怪盖自然也
新字:公姿貌英特美鬚髯骨骼清聳眉目森秀図絵伝天下人以謂高山大岳望之気象雄傑而包育微細畜泄雲雨蔵匿寳怪盖自然也
書き下し
公の姿貌は英特、鬚髯美しく、骨骼清聳、眉目森秀たり。圖繪天下に傳わる。人以謂えらく、髙山大岳のごとし。之を望めば氣象雄傑なるも、微細を包育し、雲雨を畜泄し、寶怪を藏匿す。蓋し自然なりと。
現代語訳
韓琦の容姿は際立ってすぐれ、鬚は美しく、骨柄は清らかに高く、眉と目は引き締まって秀でていた。その肖像は絵に描かれて天下に伝わった。人はこう言った。「高い山、大きな岳のようだ。遠くから望めば佇まいは雄々しく傑れているが、細かなものを包み育て、雲や雨を蓄えては吐き出し、宝や不思議なものを内に隠している。思うに、自然のままなのだ」。
解説
容貌の記述に見えて、実は人物の評です。遠くから見た印象と、近くにあるものへの働きが、対に置かれています。**遠くから望めば佇まいは雄々しく傑れているが、細かなものを包み育て、雲や雨を蓄えては吐き出す。**大きく見える人が細部を落とすのが普通です。この評は逆を言いました。大きいからこそ、細かいものが内側に入っていられる。前の二条で見た、砕けた盃と焼けた鬚の扱いが、この一文の裏づけになっています。**思うに、自然のままなのだ。**
この章句が説くこと
公の姿貌は英特高山大岳のごとし之を望めば気象雄傑なり微細を包育し雲雨を畜泄し宝怪を蔵匿す蓋し自然なり風貌包容
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