宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公惟務容小人善惡白黒不大分故小人忌之亦少如范富歐尹嘗欲分君子小人故小人忌怨日至朋黨亦起方諸公斥逐獨公安焉後扶持諸公復起皆公力也
新字:公惟務容小人善悪白黒不大分故小人忌之亦少如范富欧尹嘗欲分君子小人故小人忌怨日至朋党亦起方諸公斥逐独公安焉後扶持諸公復起皆公力也
書き下し
公は惟だ小人を容るるに務め、善惡白黑大いには分かたず。故に小人の之を忌むこと亦た少なし。范・富・歐・尹の如きは、嘗て君子小人を分かたんと欲す。故に小人の忌怨日に至り、朋黨も亦た起こる。諸公の斥逐せらるるに方り、獨り公のみ安んず。後に諸公を扶持して復た起たしむるは、皆公の力なり。
現代語訳
韓琦はただ小人をも受け入れることに努め、善と悪、白と黒を大きくは分けなかった。だから小人が韓琦を憎むこともまた少なかった。范仲淹・富弼・欧陽脩・尹洙のような人々は、かつて君子と小人を分けようとした。だから小人の憎しみと怨みが日ごとに寄せられ、朋党の非難もまた起こった。諸公が追われて退けられたとき、ひとり韓琦だけが無事であった。後に諸公を支えて再び立たせたのは、みな韓琦の力である。
解説
君子と小人を分けるのは正しいことです。范仲淹たちはそれをやり、そのために追われました。**小人の憎しみと怨みが日ごとに寄せられ、朋党の非難もまた起こった。**韓琦は分けませんでした。**善と悪、白と黒を大きくは分けなかった。**その結果が最後の二行です。**諸公が追われて退けられたとき、ひとり韓琦だけが無事であった。後に諸公を支えて再び立たせたのは、みな韓琦の力である。**線を引かなかったことが日和見に見える場面で、引かなかった者だけが、引いた者を戻す力を残していました。
この章句が説くこと
公は惟だ小人を容るるに務め善悪白黒大いには分かたず范富欧尹の如きは嘗て君子小人を分かたんと欲す諸公の斥逐せらるるに方り独り公のみ安んず後に諸公を扶持して復た起たしむるは皆公の力なり党派区別
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