宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公曰御軍自有中道嚴固不可愛亦不可若當其罪雖日誅百人何害人自不怨
新字:公曰御軍自有中道厳固不可愛亦不可若当其罪雖日誅百人何害人自不怨
書き下し
公曰く、軍を御するには自ずから中道有り。嚴は固より不可、愛も亦た不可。若し其の罪に當たらば、日に百人を誅すと雖も何ぞ害あらん。人自ずから怨みずと。
現代語訳
韓琦は言った。「軍を統べるには、おのずと中庸の道がある。厳しすぎるのはもちろんいけないが、可愛がりすぎるのもいけない。もしその罪に見合ってさえいれば、日に百人を誅したとしても、何の差し支えがあろう。人はおのずと怨まない」。
解説
三十一字で、厳しさの測り方が変わります。厳しすぎても甘すぎてもいけない、まではよくある話です。続く一行が違う。**もしその罪に見合ってさえいれば、日に百人を誅したとしても、何の差し支えがあろう。**問題は量ではなく、当たっているかどうかだと言い切りました。人が怨むのは処分の重さではなく、自分の行いと処分がずれていることのほうだ、という見方です。**人はおのずと怨まない。**加減で人心を買おうとするのを、はっきり退けています。
この章句が説くこと
軍を御するには自ずから中道有り厳は固より不可愛も亦た不可若し其の罪に当たらば日に百人を誅すと雖も何ぞ害あらん人自ずから怨みず規律公正
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