宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
詔復知相州仍令赴闕朝覲陛辭之日上從容訪問政事公因進言用人當辨邪正為治之本莫先於此上曰侍中國之龜鑑朕敢不從
新字:詔復知相州仍令赴闕朝覲陛辞之日上従容訪問政事公因進言用人当弁邪正為治之本莫先於此上曰侍中国之亀鑑朕敢不従
書き下し
詔して復た相州を知らしめ、仍りて闕に赴きて朝覲せしむ。陛辭の日、上從容として政事を訪問す。公因りて言を進む、人を用うるには當に邪正を辨ずべし。治を爲すの本、此より先なるは莫しと。上曰く、侍中は國の龜鑑なり。朕敢えて從わざらんやと。
現代語訳
詔してふたたび相州の知事とし、そのうえで都に赴いて朝見させた。天子に別れを告げる日、天子は落ち着いた様子で政事について尋ねた。韓琦はそこで進言した。「人を用いるには、邪と正を見分けるべきです。政を行う根本で、これより先にあるものはありません」。天子は言った。「侍中は国の亀鑑である。朕がどうして従わずにおられようか」。
解説
地方へ去る日に、何を残していくかという場面です。韓琦が挙げたのは政策ではありませんでした。**人を用いるには、邪と正を見分けるべきです。**しかもそれを、数ある心得の一つとしてではなく、順番の話として置きました。**政を行う根本で、これより先にあるものはありません。**制度も方針も、実際に動かすのは人なので、人選を誤ればすべてが同じだけ狂う。次の条で、韓琦はその見分けを実際にやってみせます。
この章句が説くこと
人を用うるには当に邪正を弁ずべし治を為すの本此より先なるは莫し侍中は国の亀鑑なり朕敢えて従わざらんや人事邪正根本
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