宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
神宗既即位王陶自東宫入御史府為中丞意有所觖望奏彈宰相不押常朝班朝廷以宰相日奏事埀拱退詣文德殿押常朝班或已過辰正則御史臺放班行之已數十年為故事陶憤不勝乃肆詆誣上察其奸罷陶言職
新字:神宗既即位王陶自東宫入御史府為中丞意有所觖望奏弾宰相不押常朝班朝廷以宰相日奏事埀拱退詣文徳殿押常朝班或已過辰正則御史台放班行之已数十年為故事陶憤不勝乃肆詆誣上察其奸罷陶言職
書き下し
神宗既に即位す。王陶、東宮より御史府に入りて中丞と爲る。意に觖望する所有り。宰相の常朝の班を押さざるを奏彈す。朝廷、宰相を以て日ミ垂拱に奏事し、退きて文德殿に詣りて常朝の班を押す。或いは已に辰正を過ぐれば、則ち御史臺班を放つ。之を行うこと已に數十年、故事と爲る。陶憤り勝えず、乃ち肆に詆誣す。上其の奸を察し、陶の言職を罷む。
現代語訳
神宗が即位した。王陶は東宮から御史府に入って中丞となった。心中に満たされないところがあった。宰相が常朝の班を押さないことを弾劾して奏上した。朝廷では、宰相は日々垂拱殿で奏事し、退いて文徳殿に行って常朝の班を押す。もし辰の正刻を過ぎていれば、御史台が班を解く。こうして行われて数十年、慣例となっていた。王陶は憤りに堪えず、ほしいままに悪しざまに言い立てた。天子はその邪心を見抜き、王陶の言官の職を解いた。
解説
弾劾の材料になったのは、規則違反ではありませんでした。**辰の正刻を過ぎていれば御史台が班を解く。こうして行われて数十年、慣例となっていた。**誰もが従ってきた運用です。つまり、いつでも誰でも咎められる状態が、そこに置いてあった。編者は動機のほうを先に書いています。**心中に満たされないところがあった。**規則の話に見えて、実際は不満の置き場所を探した話でした。天子の処置も、事の是非ではなく動機を見ています。**その邪心を見抜き、言官の職を解いた。**
この章句が説くこと
意に觖望する所有り宰相の常朝の班を押さざるを奏弾す之を行うこと已に数十年故事と為る陶憤り勝えず乃ち肆に詆誣す上其の奸を察し陶の言職を罷む弾劾慣例
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