宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
治平中夏國汛使至將以十事聞朝廷未知其何事也時大常少卿祝諮館伴既受命先見樞府已而見丞相公曰樞宻何語曰樞府云若使人議及十事苐云授命館伴不敢輙及邉事公笑曰豈有止主飲食而不及他語邪公乃徐料十事以授祝曰彼及某事則以某辭對辯某事則以某辭折及宴果及十事凡八事正中公所料夏人竦服
新字:治平中夏国汛使至将以十事聞朝廷未知其何事也時大常少卿祝諮館伴既受命先見枢府已而見丞相公曰枢密何語曰枢府云若使人議及十事苐云授命館伴不敢輙及邉事公笑曰豈有止主飲食而不及他語邪公乃徐料十事以授祝曰彼及某事則以某辞対弁某事則以某辞折及宴果及十事凡八事正中公所料夏人竦服
書き下し
治平中、夏國の汎使至る。將に十事を以て聞せんとす。朝廷未だ其の何事たるかを知らざるなり。時に大常少卿祝諮、館伴たり。既に命を受け、先ず樞府に見え、已にして丞相に見ゆ。公曰く、樞密何をか語れると。曰く、樞府云う、若し使人の議十事に及ばば、第だ命を館伴に授かると云い、敢えて輒ちに邊事に及ばざれと。公笑いて曰く、豈に止だ飲食を主どりて他語に及ばざる有らんやと。公乃ち徐ろに十事を料りて以て祝に授けて曰く、彼れ某事に及ばば則ち某の辭を以て對えよ、某事を辯ぜば則ち某の辭を以て折けと。宴に及び、果たして十事に及ぶ。凡そ八事は正に公の料る所に中たる。夏人竦服す。
現代語訳
治平年間、西夏の使節がやって来た。十か条を申し立てようとしていた。朝廷はそれが何の件なのかまだ知らなかった。当時、太常少卿の祝諮が接待役であった。命を受けると、まず枢密府に会い、そのあと丞相に会った。韓琦は言った。「枢密は何と言ったか」。祝諮は言った。「枢密府は、もし使者の議が十か条に及んだら、ただ『接待の命を受けているだけだ』と言って、あえて辺境の事に触れるな、と申しました」。韓琦は笑って言った。「飲食の世話だけを担当して、ほかの話に触れずに済むということがあろうか」。そこで韓琦はゆっくりと十か条を予測して祝諮に授け、言った。「相手がこの件に及んだらこの言葉で答えよ。この件を論じてきたらこの言葉で退けよ」。宴になると、はたして十か条に及んだ。そのうち八か条は、まさに韓琦が予測したとおりだった。西夏の者は恐れ入った。
解説
この章句が説くこと
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