宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
入内都知任守忠者姦邪反覆間諜兩宫時司馬温公在諌院吕諌議為侍御凡十餘章請誅之英宗雖悟未施行宰相韓琦一日出空頭勅一道叅政歐公已簽書矣叅政趙槩難之問歐公曰何如曰苐書之韓公必自有說公坐政事堂以頭子勾任守忠立廷下數之曰汝罪當死責蘄州團練副使蘄州安置取空頭勅填之差使臣即日押行其意以為少緩則中變矣
新字:入内都知任守忠者姦邪反覆間諜両宫時司馬温公在諌院呂諌議為侍御凡十余章請誅之英宗雖悟未施行宰相韓琦一日出空頭勅一道叅政欧公已簽書矣叅政趙槩難之問欧公曰何如曰苐書之韓公必自有説公坐政事堂以頭子勾任守忠立廷下数之曰汝罪当死責蘄州団練副使蘄州安置取空頭勅填之差使臣即日押行其意以為少緩則中変矣
書き下し
入内都知任守忠なる者、姦邪反覆して兩宮を間諜す。時に司馬溫公諫院に在り、呂諫議侍御爲り。凡そ十餘章、之を誅せんことを請う。英宗悟ると雖も未だ施行せず。宰相韓琦一日、空頭勅一道を出す。參政歐公已に簽書せり。參政趙槩之を難ず。歐公に問いて曰く、何如と。曰く、第だ之に書せよ。韓公必ず自ら說有らんと。公政事堂に坐し、頭子を以て任守忠を勾し、廷下に立たしめて之を數えて曰く、汝の罪死に當たると。蘄州團練副使に責め、蘄州安置とす。空頭勅を取りて之に填し、使臣を差して即日押行せしむ。其の意以爲えらく、少しく緩めば則ち中ごろ變ぜんと。
現代語訳
入内都知の任守忠という者は、よこしまで裏表があり、天子と太后の二つの宮のあいだを離間していた。当時、司馬光は諫院におり、呂誨が侍御史であった。あわせて十余通の上奏で、この者を誅するよう願い出た。英宗は分かってはいたが実行しなかった。宰相の韓琦はある日、宛名を空けた勅書を一通用意した。参政の欧陽脩はすでに署名していた。参政の趙概はこれを渋った。欧陽脩に尋ねて言った。「どうしたものか」。欧陽脩は言った。「ともかく署名なさい。韓公には必ずお考えがある」。韓琦は政事堂に座り、呼出状で任守忠を呼びつけ、庭に立たせて罪を数え上げて言った。「汝の罪は死に当たる」。蘄州団練副使に落とし、蘄州に留め置くこととした。空けてあった勅書を取り出してそこに書き込み、使いの臣を差し向けてその日のうちに押送させた。その意図は、少しでも緩めれば途中で覆されると考えたからである。
解説
この章句が説くこと
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