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宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦

帝疾甚時有不遜語后不樂大臣有不預立太子者隂進廢立之說惟宰相韓琦確然不變叅政歐陽脩深助其議嘗奏事簾前慈聖嗚咽流涕具道不遜狀琦曰此病故爾病已必不爾子病母不容之乎慈聖不懌曰皇親軰皆笑太后欲於舊窩中尋兎兒聞者驚懼皆退數歩獨琦不動曰太后不要胡思亂量

新字:帝疾甚時有不遜語后不楽大臣有不預立太子者陰進廃立之説惟宰相韓琦確然不変叅政欧陽脩深助其議嘗奏事簾前慈聖嗚咽流涕具道不遜状琦曰此病故爾病已必不爾子病母不容之乎慈聖不懌曰皇親軰皆笑太后欲於旧窩中尋兎児聞者驚懼皆退数歩独琦不動曰太后不要胡思乱量

書き下し

帝の疾甚だしき時、不遜の語有り。后樂しまず。大臣に太子を立つるに預らざる者有り、陰かに廢立の說を進む。惟だ宰相韓琦のみ確然として變ぜず。參政歐陽脩深く其の議を助く。嘗て簾前に奏事するに、慈聖嗚咽流涕して具さに不遜の狀を道う。琦曰く、此れ病なるが故のみ。病已えなば必ず爾らじ。子病むに母之を容れざらんやと。慈聖懌ばずして曰く、皇親輩皆笑う、太后舊窩の中に於いて兎兒を尋ねんと欲すと。聞く者驚懼して皆數歩退く。獨り琦のみ動かずして曰く、太后、胡思亂量するを要せずと。

現代語訳

帝の病が重かったとき、不遜な言葉があった。太后は面白くなかった。大臣のうち太子擁立に加わらなかった者が、ひそかに廃立の説を持ち込んだ。ただ宰相の韓琦だけは確然として変わらなかった。参政の欧陽脩が深くその議を助けた。あるとき簾の前で政務を奏上したところ、慈聖(曹太后)はむせび泣き涙を流して、不遜のありさまをこまごまと述べた。韓琦は言った。「これは病のせいにすぎません。病が癒えれば必ずそうではなくなります。子が病んでいるのに、母がこれを容れないということがありましょうか」。慈聖は不快になって言った。「皇族たちはみな笑っている、太后は古巣の中で兎を探そうとしている、と」。聞いた者は驚き恐れて、みな数歩後ずさりした。韓琦ひとりは動かずに言った。「太后、あれこれ思い乱されますな」。

解説

廃立の話が持ち込まれている場です。韓琦の答えは、事実の言い訳ではなく、関係の話に戻すものでした。**これは病のせいにすぎません。子が病んでいるのに、母がこれを容れないということがありましょうか。**太后は不快になり、皇族たちが自分を「古巣で別の兎を探している」と笑っていると言い返します。廃立を口にしたに等しい言葉です。**聞いた者は驚き恐れて、みな数歩後ずさりした。**下がるという体の動きが、その場の温度を伝えます。**韓琦ひとりは動かずに言った。太后、あれこれ思い乱されますな。**

この章句が説くこと

此れ病なるが故のみ病已えなば必ず爾らじ子病むに母之を容れざらんや聞く者驚懼して皆数歩退く独り琦のみ動かず太后胡思乱量するを要せず廃立親子

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