宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
曹后初未還政公力引古以動之云前世母后更聦明者多莫不以固吝權位敗名德太后若脫然復辟則是千古所未有請閱史書一一可見太后曰自家何敢望賢人公察其意囬矣即連賛成之後數日批出云某日更不御殿公亟令捲簾徹坐乃徃白上上曰莫未否公曰已得親詔矣上遂釋然
新字:曹后初未還政公力引古以動之云前世母后更聦明者多莫不以固吝権位敗名徳太后若脱然復辟則是千古所未有請閲史書一一可見太后曰自家何敢望賢人公察其意囬矣即連賛成之後数日批出云某日更不御殿公亟令捲簾徹坐乃往白上上曰莫未否公曰已得親詔矣上遂釈然
書き下し
曹后初め未だ政を還さず。公力めて古を引きて以て之を動かして云う、前世の母后、更に聰明なる者多し。權位に固吝して名德を敗らざるは莫し。太后若し脫然として復辟せば、則ち是れ千古未だ有らざる所なり。請う、史書を閲せよ。一一見る可しと。太后曰く、自家何ぞ敢えて賢人を望まんやと。公其の意の回りしを察し、即ち連ねて之に賛成す。後數日、批出でて云う、某日更に殿に御せずと。公亟かに簾を捲き坐を徹せしめ、乃ち往きて上に白す。上曰く、未だしからずやと。公曰く、已に親詔を得たりと。上遂に釋然たり。
現代語訳
曹太后は初め政を返さなかった。韓琦は力を尽くして古を引いて心を動かそうとして言った。「前代の母后には、なおさら聡明な方が多うございました。しかし権力の座に固執して名と徳を損なわなかった例はありません。太后がもしさらりと帝位の政を返されるなら、それは千古にないことです。どうか史書をご覧ください。一つ一つご確認になれます」。太后は言った。「わたくしがどうして賢人などを望めましょう」。韓琦はその心が変わったのを見て取り、すぐ続けざまに賛意を示した。数日後、批が出て「某日より、もう御殿には出ない」とあった。韓琦はただちに簾を巻かせ、座を撤去させ、そのうえで天子に申し上げた。天子は言った。「まだ早いのではないか」。韓琦は言った。「すでに直筆の詔をいただいております」。天子はそれで安心した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『学問のすゝめ』十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・事物の有様を比較して上流に向かいしからばすなわち、人の見識を高尚にして、その品行を提起するの法いかがすべきや。その要訣は事物の有様を比較して上流に向かい、みずから満足することなきの一事にあり。ただし有様を比較するとはただ一事一物を比較するにあらず、この一体の有様と、かの一体の有様とを並べて、双方の得失を残らず察せざるべからず。譬えば今、少年の生徒、酒色に溺るるの沙汰もなくして謹慎勉強すれば、父兄・長老に咎めらるることなく、あるいは得意の色をなすべきに似たれども、その得色はただ他の無頼生に比較してなすべき得色のみ。謹慎勉強は人類の常なり、これを賞するに足らず、人生の約束は別にまた高きものなかるべからず。広く古今の人物を計え、誰に比較して誰の功業に等しきものをなさばこれに満足すべきや。必ず上流の人物に向かわざるべからず。あるいは我に一得あるも彼に二得あるときは、我はその一得に安んずるの理なし。いわんや後進は先進に優るべき約束なれば、古を空しゅうして比較すべき人物なきにおいてをや。今人の職分は大にして重しと言うべし。
-
『墨子』經說下見ると見ざるとは離る。一と二とは相い盈たさず。廣と循と堅白となり。舉げて重からざるは箴と與にせず、力の任に非ざるなり。握る者の倍を為すは、智の任に非ざるなり。耳目の若し。異。木と夜と孰れか長き。智と粟と孰れか多き。爵と親と行と賈と、四者孰れか貴き。麋と霍と孰れか髙き。麋と霍と孰れか霍なる。虭と瑟と孰れか瑟なる。偏。倶に一にして變ずる無し。假。假は必ず非なり、而る後に假なり。狗の霍を假るは、猶お霍を氏とするがごときなり。物。或いは之を傷るは、然るなり。之を見るは、智なり。之を吉するは、智らしむるなり。疑。蓬、務を為せば則ち士なり。牛廬を為る者、夏、寒きは、蓬なり。之を舉ぐれば則ち輕く、之を廢すれば則ち重きは、力有るに非ざるなり。沛、削に従うは、巧に非ざるなり。石と羽との若きは、楯なり。鬬う者の敝るるや、飲酒を以てす。曰中を以てするが若し。是れ智る可からざるなり、愚なり。智なるか、已を以て然りと為すか。愚なり。
-
論語・公冶長篇子、子貢に謂いて曰く、「女と回と孰れか愈れる。」対えて曰く、「賜や何ぞ敢えて回を望まん。回や一を聞きて以て十を知る、賜や一を聞きて以て二を知る。」子曰く、「如かざるなり。吾と女と、如かざるなり。」
-
『学問のすゝめ』十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・盲人に向かいて誇るがごとししかるに今わずかに謹慎勉強の一事をもって人類生涯の事となすべきや。思わざるのはなはだしきものなり。人として酒色に溺るる者はこれを非常の怪物と言うべきのみ。この怪物に比較して満足する者は、これを譬えば双眼を具するをもって得意となし、盲人に向かいて誇るがごとし。いたずらに愚を表するに足るのみ。ゆえに酒色云々の談をなして、あるいはこれを論破し、あるいはこれを是非するの間は、到底諸論の賤しきものと言わざるを得ず。人の品行少しく進むときはこれらの醜談はすでにすでに経過し了して、言に発するも人に厭わるるに至るべきはずなり。
-
『論語と算盤』算盤と権利・仁に当つては師に譲らず基督や釈迦は始めより宗教家として世に立った人であるに反し、孔子は宗教をもって世に臨んだ人でないように思われる。基督や釈迦とは全然その成立を異にしたものである。ことに孔子の在世時代における支那の風習は、何でも義務を先にし、権利を後にする傾向を帯びた時であった。かくのごとき空気の中に成長し来った孔子をもって、二千年後の今日、全く思想を異にした基督に比するは、既に比較すべからざるものを比較するのであるから、この議論は最初よりその根本を誤ったものと言うべく、両者に相違を生ずることはもとより当然の結果たらざるを得ないのである。しからば孔子教には全然権利思想を欠いているであろうか。以下少しく余が所見を披瀝して世の蒙を啓きたいと思う。
-
『武士道』第十六章 武士道の命脈・諸邦の偉力ある人物を結合する要素然るに、もし果して各個国民性格の特質欠点にして殊別の伝産と称すべきものあらんには、此説大に傾聴するに足るものあるべし。ただ惜むらくは、此種の杓子定規論たる、ル・ボンの未だ其著に筆を下すに及ばずして、つとにテオドル・ヴァイツ及びヒュー・ムレー等、人類学者の論破して復た余蘊なきものなることを。武士道の浸潤したる多種の道徳を考究して、之れが比較説明を欧洲の典拠に求むるに当り、武士道は毫も殊有の伝産たるべき特種の性格を有するものに非ざるを認めたり。もとより諸徳性の集成は全然特殊の形観を呈す。而して此集成は、即ちエマソンが名づけて『凡百の大勢力の分子を成して集合する複雑なる結果なり』と云ふものなり。されどコンコルドの哲人はル・ボンに異なり、此れを以て一種族、一国民の特殊伝産となさず、却つて之を称して『是れぞ諸邦の最偉力ある人物を結合して、相互の知識感情を疏通せしむる要素なり』となす。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る