宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
諸人欲以進奏院事傾正黨宰相章得象晏殊不可否賈昌朝參政陰主之張方平宋祁王拱辰皆同力以排至列狀言王益柔作傲歌罪當誅公時在右府因兩府同對言益柔狂語何足深計較方平等皆陛下近臣今西邉用兵有何限大事不為論列而同狀攻一王益柔其情亦可見上遂釋然
新字:諸人欲以進奏院事傾正党宰相章得象晏殊不可否賈昌朝参政陰主之張方平宋祁王拱辰皆同力以排至列状言王益柔作傲歌罪当誅公時在右府因両府同対言益柔狂語何足深計較方平等皆陛下近臣今西邉用兵有何限大事不為論列而同状攻一王益柔其情亦可見上遂釈然
書き下し
諸人、進奏院の事を以て正黨を傾けんと欲す。宰相章得象・晏殊は可否せず。參政賈昌朝、陰かに之を主る。張方平・宋祁・王拱辰、皆力を同じくして以て排す。狀を列ねて、王益柔の傲歌を作るは罪當に誅すべしと言うに至る。公時に右府に在り。因りて兩府同じく對し、言う、益柔の狂語、何ぞ深く計較するに足らん。方平等は皆陛下の近臣なり。今、西邉に兵を用う。何の限り無き大事か有るに、論列を爲さずして、狀を同じくして一の王益柔を攻む。其の情も亦た見る可しと。上遂に釋然たり。
現代語訳
人々は進奏院の一件を使って、正しい党派を倒そうとした。宰相の章得象と晏殊は、可とも否とも言わなかった。参政の賈昌朝がひそかにこれを主導した。張方平・宋祁・王拱辰がみな力を合わせて排斥にかかった。連名の書状を出して、王益柔が驕った歌を作ったのは罪として誅すべきだと言うまでになった。韓琦は当時、枢密院にいた。そこで中書と枢密院がそろって天子に応対したとき、こう言った。「王益柔の狂った言葉など、どうして深く問い詰めるに足りましょう。張方平らはみな陛下の近臣です。いま西の辺境で兵を用いています。限りない大事がいくらもあるのに、それを論じ立てもせず、書状を連ねてただ一人の王益柔を攻める。その心のありようも、見て取れます」。天子はそこで、わだかまりが解けた。
解説
前の条の続きで、一件が党派争いの道具になった場面です。韓琦は王益柔を弁護していません。**狂った言葉など、どうして深く問い詰めるに足りましょう。**そのうえで、話を攻めている側へ向け直しました。**限りない大事がいくらもあるのに、それを論じ立てもせず、書状を連ねてただ一人の王益柔を攻める。**何を議題にしていないかで、その人たちの狙いが見える、という指摘です。**その心のありようも、見て取れます。**
この章句が説くこと
諸人進奏院の事を以て正党を傾けんと欲す益柔の狂語何ぞ深く計較するに足らん何の限り無き大事か有るに論列を為さずして状を同じくして一の王益柔を攻む党争優先擁護
関連する章句
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦蘇子美の輩、進奏院の事の爲に發かる。仁宗、讒する者に惑わされ、夜、中使を遣わして散じて大臣の家に入り、同じく飲みし者を捕らえしむ。公明日對して曰く、夜來、官を遣わして京城を遶りて館職を捕らうと聞く。甚だ物聽を駭かす。此の事は但だ有司に付さば、自ら行遣有らんと。上、色悔いること之を久しくす。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦右司諫を以て職に供す。上に得失を明らかにし、朝廷の紀綱を正し、忠直に親近して邪佞を放逺せんことを勸む。時に災異數ミ見る。公、災變の屢ミ發するは執政者の才に非ざるに主ると以て、累りに上に言うも未だ納れらるるを見ず。公又た奏して曰く、豈に陛下輔弼を擇びて未だ其の人を得ざるかと。杜衍・范仲淹・孔道輔・宋郊・胥偃の若きは、衆以て忠正の臣と爲す、進擢に備う可し。然らずんば、嘗て用いる所の者、王曾・吕夷簡・蔡齊・宋綬も亦た人の屬望する所なりと。章十たび上るも報ぜられず。公䟽を抗げて出でんことを乞う。上乃ち宰臣王隨・陳堯佐、參政韓億・石中立等を罷む。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦英宗、貂璫に遇するに恩禮少なし。左右悦ばず、多く禁中隱密の者を道う。大臣と雖も亦た心之に惑う。公獨り屹然として動かず、衆に昌言して曰く、豈に前殿にて曾て一語も差えざるに、一たび宮門に入りて許多の錯を得來たる有らんやと。琦深く此の事を疑う。□前にも亦た屢ミ此を以て對と爲す。爾れより人情、公の意搖がざるを知り、妄りに語言を傳うる者遂に息む。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦同館の王拱辰・御史の蕭定基と同じく開封府の舉人を發解す。二公時に爭喧有り。公幕中に安坐して試卷を閲し、聞かざるが如し。拱辰、己を助けざるを忿り、公の室に詣りて公に謂いて曰く、此の中にて宰相の氣度を習うかと。公和顔して之を謝す。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦公は惟だ小人を容るるに務め、善惡白黑大いには分かたず。故に小人の之を忌むこと亦た少なし。范・富・歐・尹の如きは、嘗て君子小人を分かたんと欲す。故に小人の忌怨日に至り、朋黨も亦た起こる。諸公の斥逐せらるるに方り、獨り公のみ安んず。後に諸公を扶持して復た起たしむるは、皆公の力なり。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦神宗既に即位す。王陶、東宮より御史府に入りて中丞と爲る。意に觖望する所有り。宰相の常朝の班を押さざるを奏彈す。朝廷、宰相を以て日ミ垂拱に奏事し、退きて文德殿に詣りて常朝の班を押す。或いは已に辰正を過ぐれば、則ち御史臺班を放つ。之を行うこと已に數十年、故事と爲る。陶憤り勝えず、乃ち肆に詆誣す。上其の奸を察し、陶の言職を罷む。