宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
蘇子美軰為進奏院事發仁宗為讒者所惑夜遣中使散入大臣家捕同飲者公明日對曰夜来聞遣官遶京城捕館職甚駭物聽此事但付有司自有行遣上色悔久之
新字:蘇子美軰為進奏院事発仁宗為讒者所惑夜遣中使散入大臣家捕同飲者公明日対曰夜来聞遣官遶京城捕館職甚駭物聴此事但付有司自有行遣上色悔久之
書き下し
蘇子美の輩、進奏院の事の爲に發かる。仁宗、讒する者に惑わされ、夜、中使を遣わして散じて大臣の家に入り、同じく飲みし者を捕らえしむ。公明日對して曰く、夜來、官を遣わして京城を遶りて館職を捕らうと聞く。甚だ物聽を駭かす。此の事は但だ有司に付さば、自ら行遣有らんと。上、色悔いること之を久しくす。
現代語訳
蘇舜欽らが進奏院の一件で摘発された。仁宗は讒言する者に惑わされ、夜、宦官の使者を遣わして手分けして大臣の家に踏み込み、一緒に酒を飲んでいた者を捕らえさせた。韓琦は翌日、天子に応対して言った。「昨夜、官を遣わして都をめぐり、館職の者を捕らえたと聞きました。世間の耳を、たいそう驚かせております。この一件は、ただ担当の役所に任せておけば、おのずと処分の運びになりましょう」。天子は長いあいだ悔いた顔をしていた。
解説
夜のうちに宦官が大臣の家へ踏み込んだ条です。批判の言い方が短い。**世間の耳を、たいそう驚かせております。**罪の有無を争っていません。争ったのはやり方のほうで、代わりの筋道を一行で示しました。**この一件は、ただ担当の役所に任せておけば、おのずと処分の運びになりましょう。**手続きに戻せ、というだけの話です。責める言葉が一つも無いまま、**天子は長いあいだ悔いた顔をしていた。**
この章句が説くこと
夜中使を遣わして散じて大臣の家に入り同じく飲みし者を捕らえしむ甚だ物聴を駭かす此の事は但だ有司に付さば自ら行遣有らん手続き批判節度
関連する章句
-
孟子・盡心章句下貉稽(ハク・ケイ)曰く、「稽大いに口に理あらず。」孟子曰く、「傷むこと無かれ。士は茲の多口に憎まる。詩に云う、『憂心悄悄たり、羣小に慍らる』とは、孔子なり。『肆(ついに)に厥に慍りを殄(たつ)たず、亦た厥の問を隕とさず』とは、文王なり。」
-
尚書・秦誓人を責むる斯れ難きこと無し、惟れ責めを受けて流るるが如くならしむる、是れ惟れ艱きかな。
-
『塩鉄論』褒賢篇文學曰く、善を志す者は惡を忘れ、小を謹む者は大を致す。俎豆の間は以て禮を觀るに足り、閨門の內は以て行いを論ずるに足る。夫れ古の服を服し、古の道を誦し、此を舍てて非を為す者は、鮮なし。故に君子は時ありて然る後に言い、義ありて然る後に取る、道を以て之を得ざれば居らざるなり。滿ちて溢れず、泰にして驕らず。故に袁盎は景帝に親しきも、馬を秣うこと一駟に過ぎず、公孫弘は三公の位に即くも、家は十乘に過ぎず、東方先生は說けば聽かれ言えば武帝に行わるるも、驕溢せず、主父は困厄を見ること日々久し、位に在る者の道を好まずして富み且つ貴く、士を恤むを知る莫きを疾む、是に於いて饒衍の余を取りて以て窮士の急を周う、私家の業を為すに非ざるなり。當世囂囂たり、儒の雞廉を患うるに非ず、患いは位に在る者の虎のごとく飽き鴟のごとく咽み、求覽に於いて孑遺する所無きに在るのみ。
-
論語・憲問篇微生畝、孔子に謂いて曰く、「丘、何為れぞ是れ栖栖たる者ぞ。乃ち佞を為すこと無からんや。」孔子曰く、「敢えて佞を為すに非ざるなり、固を疾むなり。」
-
『韓非子』忠孝第五十一人の臣と為りて、常に先王の德厚を譽めて之を願うは、是れ其の君を誹謗する者なり。・・・其の君を非る者は、天下之を賢とす。此れ亂るる所以なり。
-
尚書・無逸小人汝を怨み汝を詈らば、則ち皇に自ら德を敬しめ。