宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
公與范公同召拜樞密使副公自請捍邉至五表不聽既至又與范公伸前議同决䇿上前期以兵覆元昊會夏國送欵公謀不果用范公毎恨齟齬功不就故作閱古堂詩叙其事傳於世
新字:公与范公同召拝枢密使副公自請捍邉至五表不聴既至又与范公伸前議同決策上前期以兵覆元昊会夏国送欵公謀不果用范公毎恨齟齬功不就故作閱古堂詩叙其事伝於世
書き下し
公、范公と同じく召されて樞密使・副に拜せらる。公自ら邉を捍がんことを請うこと五表に至るも聽かれず。既に至り、又た范公と前議を伸べ、同じく策を上前に決し、兵を以て元昊を覆さんことを期す。會ミ夏國、欵を送る。公の謀、果たして用いられず。范公毎に齟齬して功の就らざるを恨む。故に閱古堂詩を作りて其の事を叙し、世に傳わる。
現代語訳
韓琦は范仲淹とともに召されて枢密使・枢密副使に任じられた。韓琦は自分から辺境を守らせてほしいと願い出ること五度の上表に及んだが、聞き入れられなかった。都に着いてからも、范仲淹とともにかねての議論を述べ、二人そろって天子の前で策を決し、兵をもって元昊を覆すことを期した。ちょうどそのとき夏の国が服従を申し出た。韓琦の謀は、けっきょく用いられなかった。范仲淹はいつも、食い違って功が成らなかったことを恨んだ。だから「閲古堂詩」を作ってその一件を述べ、世に伝わっている。
解説
中央へ引き上げられることを、五度断った条です。**辺境を守らせてほしいと願い出ること五度の上表に及んだ。**昇進の側から見れば栄転で、当人にはやりかけの仕事がありました。都に着いてからも范仲淹と組んで同じ策を通し、天子の前で決めさせている。ところが**ちょうどそのとき夏の国が服従を申し出た。**戦わずに済んだのだから悪い結果ではないのに、二人は納得していません。**范仲淹はいつも、食い違って功が成らなかったことを恨んだ。**その悔いが詩になって残りました。
この章句が説くこと
公自ら邉を捍がんことを請うこと五表に至るも聴かれず会ミ夏国欵を送る公の謀果たして用いられず范公毎に齟齬して功の就らざるを恨む栄転辞退未完
関連する章句
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦初め夏人方に和を議す。公以謂えらく邉備弛む可からずと。范公と俱に出でて按行せんことを請う。遂に公に陜西を宣撫し、范公に河東を宣撫するを命ず。范、兵を益して河陽・蒲中に屯し、及び兵を以て從わんことを請う。公以爲えらく必ずしも兵を請わずと。上前に議して未だ合わず。退きて殿廬の中に於いて猶お爭う。公曰く、若し爾らば則ち臣自ら行かんことを乞う。朝廷の一人一騎をも用いじと。范色忿り、再び對を請いて公の語を道わんと欲す。公笑いて之を止む。會ミ富公、公の説を賛す。卒に兵を發せず。范も亦た以て忤と爲さず。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦元昊初めて叛き、兵鋒銳きこと甚だし。中國久しく戰を知らず、人心頗る恐る。公に陜西安撫使を授く。趣かに道に上る。公勇にして自ら效さんと欲し、馳せて延安に至れば、則ち羗已に圍を解きて去る。然れども士氣沮傷し、將吏往往にして病と移して罷職を求む。公即ち材武を選練し、戰守の器を治め、居人を慰安し、豪傑を收召して之と計議す。范雍、延州を守る。朝廷以爲えらく能わずとし、趙振を以て代えんと欲す。公奏して曰く、願わくは雍を留めて以て後效を觀ん。已む無くんば則ち范仲淹を可と爲す。以て國家の爲に計るなり、仲淹に私するに非ず。若し朋比に涉りて陛下の事を誤らば、當に族せらるべしと。慶人の陳叔慶等、邉防の策を陳べて官に補せられ、東南に置かる。公奏して曰く、忠義憤懣して國の爲に計を獻ず。稍く收用すと雖も、乃ち僻左に置くは、實に之を覊縻するなり。誠意を開示して人才を招徠する所以に非ずと。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦太宗・眞宗嘗て大名の郊に獵し、詩數十篇を題す。賈魏公時に石に刻む。公留守の日、其の詩を以て班瑞殿の壁に藏む。既に成り、客に公に摹本して以て進むるを勸むる者有り。公曰く、之を修めば則ち已む。安んぞ進むるを用いんやと。客も亦た公の意を喻る莫し。韓絳來たり、遂に之を進む。公之を聞きて嘆じて曰く、昔豈に進むるを知らざらんや。顧うに上方に四夷の事に銳意す。當に更に之を導くべからざるのみと。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦右司諫を以て職に供す。上に得失を明らかにし、朝廷の紀綱を正し、忠直に親近して邪佞を放逺せんことを勸む。時に災異數ミ見る。公、災變の屢ミ發するは執政者の才に非ざるに主ると以て、累りに上に言うも未だ納れらるるを見ず。公又た奏して曰く、豈に陛下輔弼を擇びて未だ其の人を得ざるかと。杜衍・范仲淹・孔道輔・宋郊・胥偃の若きは、衆以て忠正の臣と爲す、進擢に備う可し。然らずんば、嘗て用いる所の者、王曾・吕夷簡・蔡齊・宋綬も亦た人の屬望する所なりと。章十たび上るも報ぜられず。公䟽を抗げて出でんことを乞う。上乃ち宰臣王隨・陳堯佐、參政韓億・石中立等を罷む。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦康定元年、夏竦西師を都護し、公之に副たり。未だ幾ならずして學士晁宗慤・内侍王守忠を遣わし、兵を出だして賊を攻むるを督せしむ。公曰く、詔の意の如くんば便と爲す。然らずんば則ち元昊兵を聚めて不意に出で、我を攻伐せん。倉卒に敵に赴かば必ず敗れんと。府を合わせて之を爭う。公の論ずる所用いらるるを得ず。使いをして奏を持ちて還らしむ。而して元昊、鎮戎軍を掠む。偏將劉繼宗逆え戰い、果たして利あらず。詔下りて切責し、進兵の日月を以て來上せしむ。衆復た會議し、乃ち攻守二策を畫して中を決せんことを求む。公驛を馳せて闕下に奏す。上、攻策を用うるを許す。已にして執政、以て難しと爲す。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦英宗初め立つ。外六班に變を謀る者有り。或るひと公に言う。公曰く、事成らずんば族せらるるに過ぎざるのみ。吾懼れずと。既にして卒に事無し。英宗政に即くや、公其の勇智の世に出でざるを以て、與に爲す有る可しとし、乃ち中書を考尋して祖宗の御批百餘番を得たり。俱に闕略して全からず。補綴して僅かに能く其の字を識る。皆經國の長筭大策なり。太原を取り、江南を伐ち、犬戎を伐つを中書に付す之類の如し。編みて十餘軸と成す。英宗一たび之を見て、覺えず御座を避く。是の時同列皆謂う、公に言わずして萬乘を教うる事有りと。後、上僊するや、公之を哭して慟して曰く、何事か爲す可からざらんやと。