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宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦

初京師所遣戍兵脆懦不習勞苦賊嘗輕之目曰東軍而土兵勁悍善戰公奏增土兵以抗賊而稍减屯戍内實京師又以籠竿城據衝要乞建為德順軍以蔽蕭關鳴沙之道既任事久嵗補月完甲械精堅諸城皆有備賞罰信於軍中將亦習戰闘識形勢毎出輙有功公方建請於鄜延渭三州各以土兵三萬為一軍軍雖别屯而耳目相通為一視虜所不備互出擣之破其和市屠其種落困撓其國因以招横山之人度横山隳則平夏兵素弱必不能支我下視興靈穴中兎爾章既上又與范公定謀益堅而元昊黠賊知不可敵亦歛兵不敢近塞

新字:初京師所遣戍兵脆懦不習労苦賊嘗軽之目曰東軍而土兵勁悍善戦公奏增土兵以抗賊而稍减屯戍内実京師又以籠竿城拠衝要乞建為徳順軍以蔽蕭関鳴沙之道既任事久歳補月完甲械精堅諸城皆有備賞罰信於軍中将亦習戦闘識形勢毎出輙有功公方建請於鄜延渭三州各以土兵三万為一軍軍雖別屯而耳目相通為一視虜所不備互出擣之破其和市屠其種落困撓其国因以招横山之人度横山隳則平夏兵素弱必不能支我下視興霊穴中兎爾章既上又与范公定謀益堅而元昊黠賊知不可敵亦歛兵不敢近塞

書き下し

初め京師の遣わす所の戍兵は脆懦にして勞苦に習わず。賊嘗て之を輕んじ、目して東軍と曰う。而して土兵は勁悍にして善く戰う。公奏して土兵を增して以て賊に抗し、而して稍く屯戍を减じて内は京師を實たさんとす。又た籠竿城の衝要に據るを以て、建てて德順軍と爲し、以て蕭關・鳴沙の道を蔽わんことを乞う。既に事に任ずること久しく、嵗ミ補い月ミ完くし、甲械精堅にして、諸城皆備え有り。賞罰、軍中に信ぜらる。將も亦た戰闘に習い、形勢を識り、出づる毎に輙ち功有り。公方に建請す、鄜・延・渭の三州に、各ミ土兵三萬を以て一軍と爲す。軍は別に屯すと雖も、耳目相い通じて一と爲す。虜の備えざる所を視て、互いに出でて之を擣き、其の和市を破り、其の種落を屠り、其の國を困撓せしめ、因りて以て横山の人を招かん。横山隳るれば、則ち平夏の兵素より弱く、必ず支うる能わじ。我、下して興・靈を視ること、穴中の兎のみと。章既に上り、又た范公と謀を定めて益ミ堅し。而して元昊は黠賊なり、敵す可からざるを知り、亦た兵を歛めて敢えて塞に近づかず。

現代語訳

もともと都から遣わされた守備兵は弱く、苦労に慣れていなかった。敵はかつてこれを軽んじて「東軍」と呼んだ。それに対して土地の兵は強く、よく戦った。韓琦は上奏して、土地の兵を増やして敵に当たらせ、そのぶん駐屯の守備兵を少しずつ減らして、内は都を充実させようとした。また籠竿城が要衝を押さえていることから、これを徳順軍として建て、蕭関・鳴沙への道を覆うよう願い出た。任にあたって久しく、年ごとに補い月ごとに整え、武具は精良で堅く、どの城にも備えができた。賞罰は軍中で信用された。将も戦いに慣れ、地形と勢いを見分け、出るたびに功があった。韓琦はさらに願い出た。鄜州・延州・渭州の三州に、それぞれ土地の兵三万で一軍を編成する。軍は別々に駐屯していても、耳目が通じ合って一つとなる。敵の備えていないところを見て、互いに出て叩き、その交易の市を壊し、その部族を討ち、その国を困らせ疲れさせ、そのうえで横山の人々を招き寄せる。横山が崩れれば、平夏の兵はもともと弱いので、必ず支えきれない。こちらが見下ろせば、興州・霊州など穴の中の兎にすぎない、と。上奏文を出したうえ、さらに范仲淹と謀を定めていっそう固くした。元昊はさとい敵で、敵しがたいと知って、兵を収めてあえて国境に近づかなくなった。

解説

兵そのものを入れ替えた条です。都から送られた守備兵は弱く、敵から**東軍**と呼ばれて侮られていました。土地の兵は強い。そこで**土地の兵を増やし、駐屯の守備兵を減らして都を充実させる**という交換を願い出ます。そのうえで三州に三万ずつの軍を置き、**別々に駐屯していても耳目が通じ合って一つとなる**形を構想しました。前の条で「こちらは散っているからいつも少ない」と言った当人が出した答えです。結末が静かです。**元昊は敵しがたいと知って、兵を収めてあえて国境に近づかなくなった。**

この章句が説くこと

京師の遣わす所の戍兵は脆懦にして労苦に習わず賊目して東軍と曰う土兵を增して以て賊に抗し稍く屯戍を减ず軍は別に屯すと雖も耳目相い通じて一と為す軍制連携地元

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