宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
徙開封府推官理事不倦暑月汗流浹背府尹王博文大器重之曰此人要路在前而治民如此眞宰相器也
新字:徙開封府推官理事不倦暑月汗流浹背府尹王博文大器重之曰此人要路在前而治民如此真宰相器也
書き下し
開封府の推官に徙る。事を理めて倦まず。暑月には汗流れて背を浹す。府尹の王博文大いに之を器重して曰く、此の人、要路前に在るも、而も民を治むること此くの如し。眞に宰相の器なりと。
現代語訳
開封府の推官に移った。事務を処理して倦むことがなかった。暑い季節には汗が流れて背中を濡らした。府の長官の王博文はたいそうこの人を重んじて言った。「この人は出世の道が目の前に開けているのに、それでいて民を治めることがこのとおりだ。まことに宰相の器である」。
解説
前の条の続きで、こんどは見ている人が現れます。ただし褒め方に条件が付いている。この人は出世の道が目の前に開けているのに、それでいて民を治めることがこのとおりだ。先が約束されている人ほど、いまの持ち場を薄くしがちだ、という前提があります。だから汗が流れて背中を濡らしたという一行が効いてくる。まことに宰相の器である。倉庫番と推官という二つの下積みのあいだで、この人の評価が決まりました。
この章句が説くこと
事を理めて倦まず暑月には汗流れて背を浹す此の人要路前に在るも而も民を治むること此くの如し真に宰相の器なり下積み評価勤勉
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