宋名臣言行録 / 前集巻十・石介
天聖以來穆伯長尹師魯蘇子美歐陽永叔始倡為古文以變西崑體學者翕然從之其有楊劉體者人戲之曰莫太崑否守道深嫉之以為孔門之大害作怪説三篇上篇排佛老下篇排楊億於是新進後學不敢為楊劉體亦不敢談佛老後歐蘇復主楊大年
新字:天聖以来穆伯長尹師魯蘇子美欧陽永叔始倡為古文以変西崑体学者翕然従之其有楊劉体者人戯之曰莫太崑否守道深嫉之以為孔門之大害作怪説三篇上篇排仏老下篇排楊億於是新進後学不敢為楊劉体亦不敢談仏老後欧蘇復主楊大年
書き下し
天聖以來、穆伯長・尹師魯・蘇子美・歐陽永叔、始めて倡えて古文を爲し、以て西崑體を變ず。學者翕然として之に從う。其の楊劉體有る者は、人之を戲れて曰く、太崑なる莫きかと。守道深く之を嫉み、以爲えらく孔門の大害なりとし、怪説三篇を作る。上篇は佛老を排し、下篇は楊億を排す。是に於いて新進後學、敢えて楊劉體を爲さず、亦た敢えて佛老を談ぜず。後、歐蘇復た楊大年を主とす。
現代語訳
天聖(一〇二三〜)以来、穆修・尹洙・蘇舜欽・欧陽脩が初めて唱えて古文を書き、西崑体を変えた。学ぶ者はこぞってこれに従った。楊億・劉筠風の文を書く者がいると、人はからかって「崑(西崑体)が過ぎるのではないか」と言った。石介はこれを深く憎み、孔子の門の大きな害であるとして「怪説」三篇を作った。上篇は仏教と老荘を排し、下篇は楊億を排した。そこで新しく進み出た後進の学者は、あえて楊・劉風の文を書かず、また仏教や老荘を語らなくなった。後になって、欧陽脩と蘇軾はふたたび楊億を高く評価した。
解説
文体の流行を、一人の論説が動かした条です。「怪説」三篇は、上篇で仏教と老荘を、下篇で楊億を排しました。効き目ははっきり出ています。**後進の学者は、あえて楊・劉風の文を書かず、仏教や老荘も語らなくなった。**ところが最後の一行が置かれます。**後になって、欧陽脩と蘇軾はふたたび楊億を高く評価した。**排斥は永久ではありませんでした。編者は成功だけで終わらせず、揺り戻しまで書き添えています。
この章句が説くこと
始めて倡えて古文を為し以て西崑体を変ず怪説三篇を作る上篇は仏老を排し下篇は楊億を排す後欧蘇復た楊大年を主とす排斥流行文体
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