宋名臣言行録 / 前集巻十・种放
放以處士召見真宗待以殊禮名動海内後謁歸終南山恃恩驕倨王嗣宗知長安放至通判以下羣拜謁放小俛垂首接之而巳嗣宗内不平放召其姪出拜嗣宗嗣宗坐受之放怒嗣宗曰向者通判以下拜君君扶之而巳此白丁耳嗣宗狀元及第名位不輕胡為不得坐受其拜放曰君以手搏得狀元耳何足道也嗣宗怒遂上疏言放實空踈才識無以逾人專飾巧詐盗虚名陛下尊禮放擢為顯官臣恐天下竊笑益長澆偽之風且陛下召魏野野閉門避匿而放隂結權貴以自薦達因抉摘放隂事數條上雖兩不之問而待放之意浸衰
新字:放以処士召見真宗待以殊礼名動海内後謁帰終南山恃恩驕倨王嗣宗知長安放至通判以下羣拝謁放小俛垂首接之而巳嗣宗内不平放召其姪出拝嗣宗嗣宗坐受之放怒嗣宗曰向者通判以下拝君君扶之而巳此白丁耳嗣宗状元及第名位不軽胡為不得坐受其拝放曰君以手搏得状元耳何足道也嗣宗怒遂上疏言放実空疎才識無以逾人専飾巧詐盗虚名陛下尊礼放擢為顕官臣恐天下窃笑益長澆偽之風且陛下召魏野野閉門避匿而放陰結権貴以自薦達因抉摘放陰事数条上雖両不之問而待放之意浸衰
書き下し
放、處士を以て召見せらる。真宗、待つに殊禮を以てす。名、海内を動かす。後、謁して終南山に歸る。恩を恃みて驕倨なり。王嗣宗、長安を知る。放至る。通判以下、羣がりて拜謁す。放、小しく俛して首を垂れて之に接するのみ。嗣宗、内に平らかならず。放、其の姪を召して出でて嗣宗を拜せしむ。嗣宗、坐して之を受く。放怒る。嗣宗曰く、向者、通判以下、君を拜す。君、之を扶くるのみ。此れ白丁なるのみ。嗣宗は狀元及第、名位輕からず。胡爲れぞ坐して其の拜を受くるを得ざらんやと。放曰く、君は手搏を以て狀元を得たるのみ。何ぞ道うに足らんやと。嗣宗怒る。遂に疏を上りて言う、放は實に空踈にして才識、人に逾ゆる無し。專ら巧詐を飾りて虚名を盗む。陛下、放を尊禮して擢きて顯官と爲す。臣、恐らくは天下竊かに笑いて、益々澆偽の風を長ぜんと。因りて放の隂事數條を抉摘す。上、兩ながら之を問わずと雖も、放を待つの意、浸く衰う。
現代語訳
种放は処士として召し出されて拝謁した。真宗は特別の礼で遇した。名は天下を動かした。後に暇を願って終南山に帰った。恩を頼みに驕り高ぶった。王嗣宗が長安の長官であった。种放が来た。通判以下が群がって拝謁した。种放は少し身をかがめて首を垂れて応じるだけであった。王嗣宗は内心穏やかでなかった。种放はその甥を呼んで出させて王嗣宗を拝ませた。王嗣宗は坐ったままそれを受けた。种放は怒った。王嗣宗は言った。「さきほど通判以下があなたを拝礼した。あなたは扶け起こすだけであった。この者はただの白丁にすぎない。私は状元及第で、名も位も軽くない。どうして坐ったままその拝礼を受けてはならないのか」。种放は言った。「あなたは相撲で状元を得ただけだ。何を言うに足りようか」。王嗣宗は怒った。そこで上疏して言った。「种放はまことに中身が空っぽで、才も識も人に勝るところがありません。もっぱら巧みな偽りを飾って虚名を盗んでいます。陛下が种放を尊び礼遇して高官に抜擢されました。臣は、天下がひそかに笑って、ますます軽薄で偽りの気風を助長することを恐れます」。そして种放の隠された事を数か条あばき出した。帝はどちらも問わなかったが、种放を待遇する意向は、しだいに衰えた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。

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