宋名臣言行録 / 前集巻十・陳摶
搏好讀易以數學授穆伯長穆授李挺之李授康節邵堯夫以象學授种放放授廬江許堅堅授范諤此一枝傳於南方也世但以為學神仙術善人倫風鑒而巳非知圖南者也
新字:搏好読易以数学授穆伯長穆授李挺之李授康節邵堯夫以象学授种放放授廬江許堅堅授范諤此一枝伝於南方也世但以為学神仙術善人倫風鑒而巳非知図南者也
書き下し
搏、易を讀むを好む。數學を以て穆伯長に授く。穆、李挺之に授く。李、康節邵堯夫に授く。象學を以て种放に授く。放、廬江の許堅に授く。堅、范諤に授く。此の一枝、南方に傳わるなり。世、但だ以て神仙の術を學び、人倫の風鑒に善なるのみと爲す。圖南を知る者に非ざるなり。
現代語訳
陳摶は『易』を読むのを好んだ。数の学を穆修に授けた。穆修は李之才に授けた。李之才は邵雍に授けた。象の学を种放に授けた。种放は廬江の許堅に授けた。許堅は范諤に授けた。この一枝は南方に伝わった。世の人はただ、神仙の術を学び、人物の見立てが上手いだけの人だと考えている。それは陳摶を知る者ではない。
解説
学問の系譜を、二筋に分けて書いた条です。数の学は穆修へ、そこから李之才、邵雍へ。象の学は种放へ、そこから南方へ。宋学の一つの源流がここに置かれています。締めが編者の抗議です。世の人はただ、神仙の術を学び、人物の見立てが上手いだけの人だと考えている。それは陳摶を知る者ではない。眠り続ける奇人の話ばかりが伝わることへの訂正でした。
この章句が説くこと
数学を以て穆伯長に授く穆李挺之に授く李康節邵堯夫に授く象学を以て种放に授く放廬江の許堅に授く世但だ以て神仙の術を学び人倫の風鑒に善なるのみと為す図南を知る者に非ざるなり系譜易伝承
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