宋名臣言行録 / 前集巻十・陳摶
康節嘗誦希夷之語曰得便宜事不得再作得便宜處不可再去又曰落便宜是得便宜故康節詩云珍重至人嘗有語落便宜處得便宜葢可終身行之也
新字:康節嘗誦希夷之語曰得便宜事不得再作得便宜処不可再去又曰落便宜是得便宜故康節詩云珍重至人嘗有語落便宜処得便宜葢可終身行之也
書き下し
康節、嘗て希夷の語を誦して曰く、便宜を得る事は再び作す可からず。便宜を得る處は再び去く可からずと。又た曰く、便宜を落とすは是れ便宜を得るなりと。故に康節の詩に云う、珍重すべし至人の嘗て語有り、便宜を落とす處に便宜を得と。葢し終身之を行う可きなり。
現代語訳
邵雍がかつて希夷先生の言葉を誦して言った。「うまい思いをした事は、二度としてはならない。うまい思いをした場所へ、二度と行ってはならない」。また言った。「うまい思いを取り落とすことが、そのままうまい思いを得ることだ」。だから邵雍の詩にこうある。「大切にすべきは至人がかつて言った言葉、うまい思いを取り落とすところで、うまい思いを得るのだ」。そもそも生涯これを行うべきである。
解説
前の条の言葉が、後の代に受け継がれた条です。同じ形の三つ目が加わっています。うまい思いを取り落とすことが、そのままうまい思いを得ることだ。得たものが次に取られる、という循環を見ている。邵雍はそれを詩にしました。大切にすべきは至人がかつて言った言葉、うまい思いを取り落とすところで、うまい思いを得るのだ。編者の締めが短い。生涯これを行うべきである。
この章句が説くこと
便宜を得る事は再び作す可からず便宜を得る処は再び去く可からず便宜を落とすは是れ便宜を得るなり便宜を落とす処に便宜を得葢し終身之を行う可きなり損得循環伝承
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