宋名臣言行録 / 前集巻十・陳摶
太宗召赴闕賜詩云曽向前朝出白雲後來消息杳無聞如今若肯隨徵召摠把三峯乞與君先生服華陽巾草履垂絛以賓禮見賜坐
新字:太宗召赴闕賜詩云曽向前朝出白雲後来消息杳無聞如今若肯随徴召摠把三峯乞与君先生服華陽巾草履垂絛以賓礼見賜坐
書き下し
太宗、召して闕に赴かしむ。詩を賜いて云う、曽て前朝に向かいて白雲を出づ。後來の消息、杳として聞く無し。如今、若し肯えて徵召に隨わば、摠て三峯を把りて君に乞い與えんと。先生、華陽巾・草履・垂絛を服し、賓の禮を以て見ゆ。坐を賜う。
現代語訳
太宗が召して宮門に赴かせた。詩を賜って言った。「かつて前の王朝に向かって白い雲を出た。その後の消息は、はるかに聞こえてこない。いまもし召しに応じてくれるなら、そっくり三つの峰を取ってあなたに差し上げよう」。先生は華陽の頭巾、草鞋、垂れ紐の服装で、賓客の礼をもって拝謁した。座を賜った。
解説
皇帝が、隠者を招くのに詩を贈った条です。**いまもし召しに応じてくれるなら、そっくり三つの峰を取ってあなたに差し上げよう。**華山の三峰です。官位でも財でもなく、隠れ住んでいる山そのものを贈ると言っている。そして相手の応じ方が対になっています。**頭巾、草鞋、垂れ紐——隠者の身なりのまま、賓客の礼をもって拝謁した。**臣下としてではなく、客として会いました。
この章句が説くこと
如今若し肯えて徴召に随わば摠て三峯を把りて君に乞い与えん先生華陽巾草履垂絛を服す賓の礼を以て見ゆ坐を賜う招聘礼隠者
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