宋名臣言行録 / 前集巻九・李及
公知杭州毎訪林逋於孤山望林麓而屏導從歩入其廬一日冒雪出郊衆謂當置酒召客乃獨造逋清談至暮而返逋死公以䘮服哭送拜墓乃歸吳兒自是恥其風俗之薄也
新字:公知杭州毎訪林逋於孤山望林麓而屏導従歩入其廬一日冒雪出郊衆謂当置酒召客乃独造逋清談至暮而返逋死公以喪服哭送拝墓乃帰吳児自是恥其風俗之薄也
書き下し
公、杭州を知る。毎に林逋を孤山に訪う。林麓を望みて導從を屏け、歩して其の廬に入る。一日、雪を冒して郊に出づ。衆、當に酒を置きて客を召すべしと謂う。乃ち獨り逋を造り、清談して暮に至りて返る。逋死す。公、䘮服を以て哭送し、墓に拜して乃ち歸る。吳兒、是れより其の風俗の薄きを恥ず。
現代語訳
公は杭州の長官であった。そのつど林逋を孤山に訪ねた。林の麓を望むところで供の者を退け、歩いてその庵に入った。ある日、雪を冒して郊外に出た。人々は、酒を用意して客を招くのだろうと思った。ところが一人で林逋を訪ね、清らかに語って日暮れになって帰った。林逋が死んだ。公は喪服を着けて哭して見送り、墓に拝礼してから帰った。呉の人々は、これ以後、自分たちの風俗の薄さを恥じた。
解説
隠者を訪ねるときに、**林の麓で供の者を退けて歩いて入った**条です。位のあるまま入らない。雪の日に郊外へ出たときも、宴ではなく一人で訪ねて日暮れまで語り、帰りました。相手が死んだときは**喪服を着けて哭して見送り、墓に拝礼してから帰っています。**官と隠者のあいだで、これだけの礼を通した。**呉の人々は、これ以後、自分たちの風俗の薄さを恥じた。**
この章句が説くこと
林麓を望みて導従を屏け歩して其の廬に入る乃ち独り逋を造り清談して暮に至りて返る公喪服を以て哭送し墓に拝して乃ち帰る礼隠者交わり
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